【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/31話】


 取り急ぎエリクの家に行こうと思ったが、風呂に入りたいとジャンの意見があり、じゃあ宿を借りようということで……ジャンの部屋と(わたくしもお風呂に入らせて貰いたいので)予備の部屋の二部屋を一日分借りることにした。


 本来なら、大衆浴場というものくらいしか小さい村にはない。


 しかし、ディルスターは錬金術師が多い。


 ポンポンいろんな発明をしてくれるせいか、小さいながらもいわゆる上・下水道、各家庭の入浴設備など、都会に負けず劣らず整った暮らしをしている。


 そのおかげか、ディルスターは家庭に風呂がついている家がほとんどで、逆に大衆浴場がないそうだ。


 乙女ゲーなので風呂も食事も考証などされていない。


 こちらとしては美味しいものがいっぱい食べられたり、清潔でいられるからありがたいけれど、普通に『さつまいも』や『小松菜』が市場で売っているので、ファンタジー警察班が許さないレベルを通り越している。



 わたくしはゆっくり入浴したいので、二時間ほど経ってから再び訪ねて欲しいとエリクに告げていた。彼が来るまで部屋でのんびりくつろぐことが出来そうだ。


 ジャンは異変を感じたり不審な人物を見たら、こっちに来ると言っていた。


 浴場は男女別になっているので、それぞれ浴場に向かうわけだが……レト王子はお風呂というものが初めてだったようで、入浴方法が分からないと言ったらジャンに連れられていった。



――慣れない風呂に入ったせいだろう。

 普段陶器の人形のような白い顔をしているのに、顔じゅうを赤くして戻ってきた。


 風呂のお湯は熱いし、恥ずかしかったと照れている。


「お風呂、気持ちよかったでしょう? 全身から疲れが抜けていくような……」

「ええっ……? 裸を他人に見られながら湯の中に入るんだぞ? 落ち着かなくて気持ちよくなってる暇がないだろう」


 なるほど。まあ王族だし、お風呂文化がないのならそうかもしれないけど……。


 あちらはジャンの部屋として一室取ったから当たり前かもしれないけど、わたくしとレト王子は同じ部屋に二人きりでくつろいでいる。


 だめというわけではないけど、良いのだろうかという気がしなくもない。



「リリーのほうは風呂、大丈夫だったか?」

「ええ。他に誰もいらっしゃらなくて、わたくし一人でした……広々、ゆーっくり入れましたわ。いいものですよね、お風呂。早くあちらにも作りたいものです」

 体を拭くだけでは、なんとなく嫌だもの。


「向こうで作るとなると……男女別にわけたほうが良いのだろうか」

「ええ。男性と一緒のお風呂に入るのは、さすがにちょっと……」

「俺と一緒でも嫌か?」


 しれっとなんて事言うの。危うく飲んでた水を噴き出すところだった。


「なっ、なななっ……!? 人に体を見られるのは嫌だと仰ってましたわよね!?」

「嫌だが、リリーとなら……な、なんでもない」


 風呂上がりのせいではなさそうな、真っ赤な顔を両手で覆い隠してぶんぶん顔を振るレト王子。

 まったく、こっちが恥ずかしいわ。


 なんか、エッチな想像しちゃったのかな……、いや、気の迷いだ、違うはずだ。


 いくら思春期だからと言っても、舞台は乙女ゲーなのだ。

 ゲーム中に男女のお風呂シーンがあったら、湯けむりで隠れていようと、ユーザーが狂喜乱舞しようともCEROが黙っていない。


 だから、異性の体に興味があるとか……そんなことが、そんなイベントがあるはずない。


 でもなー、魔王様もちゃんとそういうトコ教育していなさそうだし、女子がどのようなものか多分あまり知らないのだ……つまり、何が言いたいかというと……レト王子に、いやらしい気持ちなど微塵もあるはずないのだ。



「レトのえっち……」

 でも、からかい半分で自分の体を両手で抱いて、恥じらってみる。

 自意識過剰と笑って頂いて結構だ。


「あっ……う……申し訳ない……」

 しかし、レト王子はこっちが可哀想になる程度にたじろぐ。

 ……この絶壁ぺたんこボディがいいの? 否定ナシなの? 何が魅力的なのか分からないよ?


 うぅ~ん……若干びっくりしたわ……ちゃんと(?)健康的な青少年なのね、レト王子。



「ち、違うんだ……ええと……んんっ……、そ、それで、ジャンのことだがっ」

 わたくしがドン引きしていると思ったのか、気まずい雰囲気を咳払いで無理矢理変える。


「……あの男はどうするんだ? 事情を説明するつもりなのか」

 地上の水を口にしながら、レト王子はわたくしに今後のことを質問してくる。


「そうなりそう……ですわね。話したくないことがあれば、話す必要はないでしょうけれど……どこかへ頻繁に勝手に行って、数日空けて戻ってくるを繰り返す主人に……当然疑問は抱くでしょう」


 そのときどういった説明をするか、ということのほかに――……わたくしは、レト王子をじっと見る。


「レトの……人間の()()に近く変化させている髪、目、耳など。それをどうするか、も懸念材料ですわね。毎回出かけるときに髪や目の色を変えていますでしょう? よしんば魔法だと理解してくれたとしても、うっかり目と耳の魔法を彼の前で解除してしまったら、詰め寄られるか次のドーナツに……」

「ドーナツ? 食べたいのか?」


「あ、あら。モノの例えでした。どうぞ忘れてくださいませ……おほほほ……」

 うっかり『犠牲者=ドーナツ』と表現してしまったわ。


 笑って誤魔化し、もう一度話を戻す。


「レトはどうお思いです? 彼を信じて打ち明けるか、それとも……」

「俺も剣術のことはまだ分からないが……先ほどの人さらい相手だとしても、俺なら剣術で勝てなかった。それを一撃であっさり倒せるくらいだ、本人も言っていたとおり、腕利きの剣士なのだと思う」


 わたくしは視界を覆われていたので見えなかったけど、確かに撃ち合っている感じはなかった。


「……しかし、傭兵というのは、金を貰って戦ったりする仕事を担うものだろう? 例えば、俺たち以上に金を積む者が出たら、そちらに行って全て話してしまうとか、そういうこともあるのでは?」


 確かに、傭兵という職業がどのようなものかはよく分からないが……料金分の仕事をこなすというイメージがある。


『生き残れる範囲で』という前置きがつくなら、寝返る可能性も全くない――とは言い切れない。



「ジャンの場合は、興味の有無もありそうですけれど……まあ、自分や大切な人の命がかかったら……ええ、誰しもどうなるか分かりませんわね」


 さっきのモブおじさんのように、殺されると分かったら喋ってしまう可能性もある。

……それが拷問という技術なのだろう。



 エリクだって、もし……大切な人が出来たとして。


 悪いやつにその人が人質にとられたら、仕方なくわたくし達を差し出すだろう。


 わたくしだって……レト王子がクリフ王子達に捕まってしまったら……結婚でも何でも、どうしてもらってもいいからレト王子を助けたいと願う。


 もちろん結婚するのは絶対嫌だけど。

 例えばの話で、逆にクリフ王子がレト王子に人質に取られても、全く痛くもかゆくもない。




「……リリーは、もし自分が殺されそうになったり、ひどいことをされそうになったら……俺の情報(こと)を売るといい」


 突然、レト王子がそんなことを言うので――わたくしはぎょっとした顔で彼を見てしまった。


「なん、急に……どうしてそんな」

「さっき、忠告を聞かずに斬られて死んだ奴を見ていた。そのとき……もし、リリーがこんな風に無茶をして誰かに命を奪われてしまう事になったら……そう考えただけで、俺はとても苦しくて悲しかった。実際にそんなことが起こってしまったら、辛くて耐えられない……」


 もしも話だというのに、レト王子は沈痛な表情を浮かべている。


「俺は魔族で丈夫だから、ちょっと痛い思いをするくらい耐えられる。まあ、死なないわけではないけれど……だから、死ぬようなことになったら父上には申し訳ないが、リリーがいればお一人だけにはならない。そのときは、どうか父上を頼む」


「ダメです……! 冗談でもそんなこと仰らないで! 絶対そんなことさせませんから!」

 レト王子の手を、両手で包むようにして胸の前で握る。



「わたくしがいる限り、お二人を絶対……絶対に誰にも殺させたりなどしない! アリ……戦乙女がわたくしたちの前に現れても、クリフ王子が現れても……わたくしはやられたりしませんわ……!」


 誓いに気合いを入れた結果が、やらせはせん、の連呼だ。

 いやだわ、なんだかロボットアニメみたいなセリフになってしまった。


「…………」

 レト王子はがっしり握られた自分とわたくしの手を見つめながら、ありがとうと優しく答えた。



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こめんと

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