【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/30話】


 ジャンは顔の真横に剣を構えて、人さらいモブおじさんを挑発する。


 急に威圧感というか大物感が凄い……ヒュゥ! かっこいい……!



「……この騙りがぁあああ!」

 三人のうちの一人……赤いバンダナのモブおじさんが、ジャンへと突撃していく。


 しかし、ジャンは動じずわたくしたちに『人が死ぬから目ェつぶっとけ』と言い放った。

 えっ、どうしよう。そんな過激なシーンが突然出るの……?


 そう思ってオロオロしていると、レト王子がわたくしの顔を自分の胸に押し当て、視界を遮る。



「がっ……!」

 その瞬間、男の人のくぐもった声が聞こえた。


「一人」

 どしゃり……という重い音がして、先ほどとなにも変わらないジャンの声が聞こえる。


「お次はどいつだ? 止めるなら、その仲間『だったやつ』を持って帰んな」


 息を呑む雰囲気。

 しばらく無音の状態が続き――……軽い金属の音が聞こえた。剣を収めたらしい。


「わ、わかったよ……そいつを連れて帰るから、そっちも剣を引いてくれ……」

 視界が隠されているのでどうなっているか状況は掴めないけど、どうやらジャンは男の人を斬って、残りの二人は諦めてジャンの警告というか提案……を呑むようだ。


「おれ達は後ろに下がるぜ? どうせ武器が手に握られてなかったら急に襲いかかってくるだろうからな」

 ジャンが言ったことを否定するでもなく、人さらいモブおじさんたちは押し黙ったままだ。


「……一応、あんたらを逃がしてやっても良いけど。奴隷を売りさばこうってやつか、それとも特定の人物を捕まえろという依頼を受けたか、教えてくれると助かるな。あとどれくらいの人数が投入されてんのか、とか」


 先ほどよりも優しい感じでジャンは人さらいモブおじさんに訊いたようだが、知らない、という返事にがっかりしたような声を出した。



「そうか。じゃ、もう一人殺せば最後の奴が教えてくれるよな?」

 あっけらかんと、とんでもないことを言い始める御仁だ。


 ちょっと。人の命はドーナツとかじゃないんだぞ。

『穴が空いてるからカロリー0だし、もう一個食べちゃおう!』……みたいに気軽な感じで言わないで頂きたい。


 斜め上の発言に、人さらいモブおじさんも度肝を抜かれたらしく、ヒッと引きつった声を出した。こんなの当たり前だ。怖すぎるわ。



「ど・ち・ら・に~しようかな~?」

 楽しそうなジャンさんの声が聞こえてくる。


……お金の話しなかったのも、こういう事が好きだからでは……?


 ジャンニ・カルカテルラ……ちょっとやべーやつなのかもしれない。


 私を抱きしめるようにして衝撃シーンを見ないよう押さえているレト王子の心臓も、どきどきしている。


 声だけ聞いていても想像力がものすごいことになって恐ろしいのに、彼は実際に見てるんだ、今日は眠れなくなっちゃうかもしれない。



「よーし、そっちの緑のほう。あんたにしよう」

 ああっ、次のドーナツが決まってしまったようだ……!


「やめろ、言う! ヒィッ、言うから! 来るなぁ!」

 緑のほうといわれたらしき人さらいモブおじさんは、もう半狂乱である。


「オレたちが雇われたのは、王都のウィリアム家からだ! 詳しいことは何も教えられてないし、人数も知らねえ! 本当だ、本当だからもうこっち来るな!」


――その名前には聞き覚えがある。


「ウィリアム家? それって、騎士団長の名字じゃなかったかしら」

「ん、知ってるのか……?」

 レト王子が意外そうに訊いてくるので、うんと頷く。


「確か無印版……えっと……フォールズ王家に代々仕えている、とか聞いたような……聞かなかったような……」

「そ……そうだ、そのウィリアム家だ。そこのガキを殺さず連れてくるようにと言われて……まさかカルカテルラが絡んでるから報酬が高いなんて思うかよ!」


 カルカテルラのご一家がジャンのような方々ばかりなら、それは確かに相手にしたくはない。

 でも、ジャンとは数時間前にあったばかり……なんて、人さらいモブおじさんは知らないか。

 というか報酬が出ているほどなのか……。


 死にたくないと叫びながら、急に足音が遠ざかっていく。

 やや遅れて、もう一人らしき人物も駆けだしたらしい足音が聞こえた。



「おぉい、死体忘れてるぞー」

 ジャンが遠ざかっていく背中に声を投げかけたが、戻ってくる気配はない。


「なんだよ……仲間に見捨てられてかわいそうになあ……」

 斬り捨てた人から『かわいそう』と言われるというのもなんだかおかしい気はするが、実際ジャンのおかげでわたくし達は助かっている。


「……レト、もう大丈夫なようですわ」

「ダメだ。視界に入らない場所まで移動しよう」

 とても歩きづらいのだが、レト王子が離してくれないので、仕方なくぎこちない体勢で移動する。


「おーおー、仲良しだねえ。いっちょまえにデキてんのか?」

 冷やかしの声を掛けられるが、レト王子は俗世の言葉などあまり存じ上げない。


「でき、てる……?」

 という反応の薄い言葉を返し、ジャンに『恋人か』というストレートな言葉を貰って、違うと即座に否定した。


「違う……けど……好きだから」

「ほー? そりゃ頑張んな」

「うん」

 興味を無くしたかのようにジャンは答え、レト王子は小さく笑ってわたくしの頭を撫でた。


「レト……急になんてこと仰るの……」

「本当のことを言っただけだから……ああ、もう大丈夫」

 なんだかとても恥ずかしいタイミングでわたくしを解放してくれたが、確かに森の中に入っていて、周囲には誰かがいそうな感じもない。


 ジャンもつまらなそうにしている――……から、追っ手の心配なども問題ないと思うのだが、彼の体には血液が付着しているので、わたしはヒィッとさっきの人さらいモブおじさんみたいな声が出た。



「血が!!」


「……あん? そりゃそうだ、斬ったんだから血ぐらい出すだろ」

 普通だといいながら血のついた箇所を見ているが、これからディルスターに行くというのに、そんな格好で行ったら出会った人みんながびっくりしてしまう。


 特に善良な農民と思われるマーズさんが、あんな子供をエリクに紹介したばっかりに、おかしな連中とつるむようになった……と胃に痛みを覚えられても困る。


 使ってくれとハンカチを差し出すと、ジャンは面倒くさそうに受け取ってごしごしとこするように拭く。


「ん」

 白いハンカチが赤く染まっているのに返却しようとするので、要らないというとその場に棄てられた。


「ちょっと! 状況証拠みたいなのを残さないでくださらない!?」

「ンなこと気にすんな。どのみちあいつらが雇い主に言うって」

 それはそうかもしれないし、その辺で買ったハンカチだから、物自体に思い入れはない。


 環境面への懸念も頭をよぎったが、こういうゴミとかはだいたいスライムが勝手に食べてくれる。

 魔界でも果物の皮や紙ゴミなどを外に置いておくと、翌日には消えている。


 周囲には体が半透明になったスライムがうぞうぞしているので、どうなったかが分かるというものだ。



 でも、ジャン。時代劇の懐紙じゃないんだから、血を拭った人のハンカチをポイ捨てするのはどうかと思う。

 人のキモチとかに配慮して欲しい……といっても、こんな怖いもの拾う気もないが。


「……用事は済んだんだ。そろそろディルスターに転移しよう……人が増えたから、静かに集中させてくれ」

 転移者が増えると、それだけで術者は大変らしい。


 いつもありがとうございます本当に助かっています。


 レト王子は目を閉じて神経を集中させると、地面に手をかざす。

 わたくしたちを魔法陣が取り囲み、見慣れた紫色の……転移の光が溢れた。



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こめんと

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