あれこれと買い、ほくほく顔のエリクと髭の主人を尻目に、待ちくたびれたといって大きなあくびをするジャンニ。
「そんじゃ、買い物はもう済んだだろ? 次の目的地はあるのかい?」
「後は帰るだけですが……彼も……連れて行くのですか?」
ちらとジャンニを見て、エリクはレト王子に確認する。
「そうだな。こちらはもともと護衛が欲しいという話だった。断る理由はないと思うぞ」
「そうではなく……ディルスターに、ですよ」
「ああ、そうか。うん、しばらく置いてやってくれ」
「はぁ?」
事も無げにレト王子が言うので、エリクは嫌そうに顔を歪めた。実際に嫌なんだろう。
「そっちに連れて行けないなら、宿屋取ってあげたら良いでしょう?」
「おぉい、何の話なんだよ。護衛だったら一緒にいるの当たり前だろ」
本人まで割り込んでくるので、話がややこしい。
「とりあえず、ディルスターに行ってから考えません……? いつまでもここにいては、外の様子も分かりませんわ」
転移で帰るとしても、目をつけられているなら人通りのないところに行けば、自分たちを追っている人物達に囲まれるだろう。
いったん外に出て彼らを撃退するなりして、後を追ってこられないよう注意しつつ、森などの人気が無いところで転移をしてもらう方が安心だ。
そう話すと、ジャンニは任せときなと頷いた。
「嬢ちゃんはおれの後ろ。坊っちゃんはその後ろか横。保護者は最後な」
「保護者……」
不本意そうな声で呟くエリク。
まあジャンニから見れば、三人の中で一番年長なのでそう見えるのは仕方が無いだろう。
「いいか……悲鳴を上げたり、追っ手に気付いたような態度は取るなよ? 何かあれば指示は出すから」
「了承致しましたわ。ジャンニさん、あなたに命を預けます」
「……ジャンでいいぜ、ご主人様」
フッと彼はシニカルに笑って、鍛冶屋の扉を押し開ける。
外は曇っていたし、空気はいろんなものの匂いが混ざり合っているから臭かったけれど、慣れたせいか、来た当初ほど臭いとは感じなかった。
ジャン(そう呼べといわれたからそうしよっと)の背中をじっと見ながら、そういえばお金の話はしていなかったなあと思い出した。
わたくしがジャンの設定妄想をしている間にそういう話が纏まっていたのか、今は一番後ろを歩くエリクに確認はできない。
自分でジャンに聞く方が早そうだ。
「あの、ジャン……」
「なんだい」
「わたくし、あなたを雇うお金の話をしていなかったように思うのですが……」
「してねーな。まあ、それは後でゆっくり話そうぜ。そんなにバカ高い値段はふっかけねえから安心してくれ」
ふっかけられたところで、多分錬金術の材料よりは安かろうと思う。
それでも払えなかったら……頑張ってお水を売ったり、宝石作って宝石屋に買い取りしてもらおう。
そんなことを考えながら歩いていたので、わたくしは比較的自然体でテシュトの入り口を抜けることができた。
事前の打ち合わせ通り、ジャンが森……(っぽいほう)に向かって歩いて行くと、わたくしたちの後ろから見知らぬ男の声が掛けられる。
振り返ると――顔の下半分をバンダナで隠した男が三人いる。
「……本当だ。すごいわ、ジャン」
「そうだろ、そうだろ」
「…………リリー、こっちに」
「あっ……」
レト王子は、わたくしをやや強引に自分のほうへ引き寄せ、一歩後じさってジャンと男達の様子を注意深く見つめていた。
その挙動をジャンが横目で眺め、口角を上げる。
「――それで? あんたらはおれたちに何か用か?」
追っ手にそう聞くと、男達はわたくしを指す。
「そこのガキどもを引き渡して貰おうか」
「あ? お嬢ちゃんだけじゃなくてガキ『ども』ときたか。欲張りだな」
ジャンは想定していた感じと違ったらしく、片眉を上げた。
「まあ、彼は顔が良いので……わたくしよりも高値がつくかもしれませんわね。でも、もう少しお願いするほうも態度も考えて頂きたいものです」
「ハッ、貴族のお偉いさんみたいに、礼儀正しく『今からあなたをさらいます』って来て欲しいってか? ンな足がつきやすいことするわけねぇだろ。下っ端とか使い捨てに頼むんだよ、こういうのは」
「勘付いてたなら話が早ぇや。大人しく渡してくれりゃ、お兄ちゃん達は痛い思いをしないと思うぜぇ……?」
ジャンから使い捨てと悪し様に言われた彼らは、気分を害することもなく――むしろそういった『使い捨て』の実例であるかのように品のない笑い声を上げた。
「ふん。そりゃ勘違いってやつだ。大人しく引き下がってくれないと、痛い思いをするのはあんたらだけだ」
薄く笑いながら、ジャンは腰に佩いた剣の柄に触れ、とんとんと指先で叩く。
いつでも戦う気がある……と相手に教えているように。
男達はそれを見て危機感を覚えたらしく、先に剣を構えたので、ジャンは柄を叩くのを止め、にやりと……凄みのある笑いを見せた。
「……へぇ。剣を、向けたな」
低音の良い声でそう呟く。
「おれに……カルカテルラに剣を向けた覚悟は、出来てんだろうな……?」
「なっ……!?」
相手の一人が反応する。
なに……? カルカテルラの名前を知っているというのか、モブおじさんよ。
「騙されんな! あの家の奴はもう――……」
「でも、あの髪と目の色で、剣士って……そうじゃねえか? あの一家の生き残りがまだいるって聞いたぜ」
「おお、ちゃんと知っててもらえて嬉しいぜ。おれの雇い主は全然そんなこと知らねえからな、知名度が消え失せたのかと思ったよ」
彼らの反応に気を良くしたジャンも綺麗な青い剣を引き抜いて、顔の横で構える。
「来な、下っ端ども。おれを倒せれば、名声もガキの報酬も手に入るぜ」