わたくしたちに自分を売り出してきた住所不定のイケメン傭兵は、名をジャンニ・カルカテルラといった。年齢は18歳。
剣を扱う者として名が知られているらしい『カルカテルラ』という家も、それに連なる者も無印版には出ていなかったと思う。
リメイクで設定を付け足されたのだろう。まあ良くある話だ。
魔界のレト王子が地上のぽっと出た設定の家を知るはずもなく、世間のことより研究に没頭していたいエリクが知っているはずもなく、ノーリアクションの一同に拍子抜けしたのはジャンニのほうであったらしい。
「なんだよ……知らないのか」
「ええ……申し訳ございません」
「まー別にいいや。覚えられていたら、腕に自信があるっていうのに信憑性が乗ったかと思っただけだ……まあ、おれを知られていたら知られていたで……めんどくさかったかもな」
ぽつりと溢した言葉が気になったけれど、どうやら影のある新キャラという設定ぽい。
自分がいると不幸になる……とか、呪われている……とかそんな感じだろうか。
うーん……非常に、こう……悪くない。
「リリー」
彼の設定を勝手に想像していたら、目の前にレト王子の顔が迫る。
「ひゃいっ?!」
「また何か考えていたのか? もう行くぞ」
買い物に来たんだろう、と言いながらわたくしに手を差し出す。
遅れないようエスコートしてくれるなんて、優しいなあ……。
そう思っていると、そっと手が引っ張られ、自然な感じにレト王子はわたくしを自分の側へと引き寄せた。
「あまり他の男をじっと見つめないで……父上に、また叱っていただくぞ?」
「えっ……な、なんで、そんな」
「俺の口から言わせないでくれ……」
恥ずかしそうに、はにかみながら目を伏せ……わかってるくせに、とまで言った。
んぐぐ……、変な声が出そうになるのを堪えなければ。
なんなのよこれ、スチルなの? それとも素なの? レト王子かわいすぎない??
でも、騙されたりしないぞ。いや、かなりかわいかったけど……。
あんな表向きはデレたようなことを言い出しているが、わたくしには分かる。
貴様の浅ましい男漁りの考えなど俺も父上もお見通しだ……死にたくなかったら、精々魔界のために尽くすのだな……ククク……とでも言いたそうに、レト王子は含みのある笑みを浮かべている。
わたくし、まだ死にたくない。
レト王子に何度も素早く頷くと、呪いの人形でも見たかのように目を見開かれ、首が痛くなるから止めたほうが良いという、極めて普通の言葉が返ってきた。
「わかりましたわ……粉骨砕身励みますから……!」
「えっ? なんの話だ?」
「みなまで言わずともよろしくてよ……レト。わたくし、導き手として恥じぬ働きを致します」
「??」
困惑するレト王子に笑顔を見せ、心を入れ替えて頑張りますと話すと、何があったかあとでゆっくり聞かせてくれという、呼び出しコースになってしまった。なぜなのか。
酒場を出て、鍛冶屋に立ち寄るとエリクが店主に話しかける。
商品棚を見ながら鉱石について在庫状況を確認しているようだ。
レト王子は、わたくしの隣で壁に掛けられた多種多様な剣やら斧やらといった商品モデルを眺めている。どうやら闇の武器はここになさそうだ。
「俺もいつか、こういう武器を手に取って戦うようになるかもしれないな」
「はい……」
――というか、表向きこんな会話をしているが……酒場を出る前からこうしてレト王子にガッチリ手を握られているのは、わたくしがさっきジャンニを見てニヤニヤ妄想していたせいだろうな。
このあと魔界に帰ったら、魔王様に告げ口されて『リリちゃん??』コースで、レト王子が『リリーに純情を踏みにじられた』とか言って泣いて、わたくしは魔王様にブチ切れられてバッドエンドか……まだ魔界のために水しか売ってないのに……。
「まだわたくし……死にたくないです……」
命だけは勘弁して欲しい。
思わずそう漏らすと、レト王子が困惑したように大丈夫だから、と必死に宥めてくれる。
「絶対に……生きて帰るぞ。他のヤツが死んでも俺が必ず、リリーだけは守るから……」
「なんか随分悲壮感増した話してんなぁ。大丈夫だって。あと勝手におれたちを殺すな」
レト王子があまりに思い詰めた顔をしていたので、軽口を叩きつつジャンニが側へ寄ってきて、わたくしの頭をわしわしとストールの上から撫でた。
雇い主に対しては良くない行為だぞ。
ジャンニへの好感度も全く上がってないので『はぅ……ジャンニに撫でられたら安心します……』みたいにもならないし、イケメンじゃなければこうして頭に乗せられた手は音速でバシッと払っている。自分の顔に感謝するんだな。
しかし、レト王子だけは、猫のようにじっとその様子を眺めていた。
やばい……バッドエンド確定になったかもしれない……。
わたくしは慌ててジャンニの手を振り払い、わたくし子供じゃありませんの、という自分でも噴飯モノの、ちょっと背伸びクソガキテンプレみたいな台詞を吐いて場を収める。
バッドエンド確定であろうと、相手の怒りを余計に買うことはないのだ。
痛みもなく死ねるかもしれないところが、死ぬ直前まで痛みに悶絶する刑に変更されるかもしれないのだ……最後まで油断できない。
「はいはい。おこちゃまじゃないお嬢ちゃん、まあ安心しろ。一応あんたらご一行は目をつけられてる。高く売れそうだと踏んだ、人さらいらしき奴は三人くらい来てるぜ」
「えっ……?」
とんでもないこと言ったぞ、この人。
目だけを動かして周囲を見たが、店の中には入ってきていないとジャンニがそっぽを向きながら答えた。
「もーちょっと人通りが少なくなった場所に行ったら、ガッと手を伸ばしてくると思うぜ。チラッと見た感じ、手練れっぽい奴はいなかったな。まー、三人だけならおれ一人でもなんとかなるだろ」
仲間を呼ばれる可能性や、人数が増えるとわかんねえけど、という不穏な発言に、レト王子とわたくしは顔を見合わせる。
一応攻撃用のアイテムはある。
逃走用のアイテムは多分エリクが持っている……と思うから、エリクがこっちに来てから相談しよう。
そう決意したところで、エリクが予想外でしたと言いながらわたくしの所へやってくる。
「魔法銀、しばらくは入荷がないそうです」
「えっ……採掘量が上がったという噂を聞いておりましたのに?」
「どうやら、王都に魔法学院を作るとかで……ほぼ採掘されたミスリルはそこに流されるそうです」
王都の学院――そう。ピュアラバの舞台でおなじみ『セントサミュエル学院』の事だと思われる。
ということは、だ。
人類というか偉い人たちは、いよいよ精霊の力っぽいものを引き出す魔具の研究が一段落し、魔族との戦いに備えはじめた……ということなのでは? まずい……まずいまずい。こちらとしては、それはとてもよろしくない。
数年後には学院が完成し、アリアンヌやあのクリフ王子達も入学する。
それまでに、わたくしが入学できるか――……いや、もはや……入学する必要があるのか?
だってもうこれ、クリフ王子の件もあるし、家から除籍されてるっぽいから詰んでるでしょ。
たぶん、本来であれば……わたくしは今王都の屋敷で優雅に暮らしていて、クリフ王子が婚約者で……数年後にできる学院でアリアンヌと出会うことになる。
そしてクリフ王子を愛するわたくしは、なれなれしく……じゃなかった、親しげに婚約者へすり寄ってくるアリアンヌに嫉妬し、ついあれやこれやと邪魔をする。
それでも二人は惹かれあい……結局婚約破棄イベント。はいわたくし処刑。
なるほど、そういう王道パターンだったか……見事なまでに悪役令嬢の正しい散り方だ。
しかし、現状はコレだ。
最初はこの暮らしに不安を持ったが、今では魔王様親子を養っていくのが楽しい。なによりお二人の喜ぶ顔がわたくしの財産だ。
もはやわたくしなどヒロインつーかオカン。
……こんな朗らかに暮らしているのに、今更ストレスしかない学院へ行く?
ムリだ。クリフ王子と顔を合わせたら何を言われるか分からない。
マクシミリアンが問題を起こす前に止めるだろう、という希望的観測だけど、もしレト王子のことを悪し様に言い始めたら、わたくしはクリフ王子をいつか殴り飛ばしてしまう。
あのお高くとまった綺麗な顔を殴って『僕を殴ったな! 陛下に言いつけてやる!』などの半べそをかかせたら、とっても気持ちが良さそうだ……でも結局捕まるなあ……おっと、発想が危険人物のようになってきた。
とにかく、互いの精神状態のためによろしくない。
それに。
学院に通うからとレト王子を放っておいて良いのか……? ダメだ。
では一緒に学院に通う? それもダメだ。もしレト王子にアリアンヌが近づいてきたら?
そちらのほうが明確な殺意を覚えてしまう。
わたくし、何故か100パー自分の意思で邪魔する自信がある。
だいたい、アリアンヌとレト王子が恋仲になったら……だめだ、悲劇しかなさそう。
魔王様に結局わたくしは殺される……。
長々とシミュレーションしたところ、わたくしはどう転んでも結局クリフ王子と婚約を破棄し、アリアンヌの邪魔をし、推しには愛想を尽かされ、今日死ぬか、数年後に死ぬかしか変わらない……。
「……嫌すぎる……困った事になりましたわね……」
「そ、そんなに困ること??」
急に頭を抱えて困り果てるわたくしを見て、事情を知らないエリクが引いた。
「……そうだ、この鉱山落盤させたら助かるかも……」
「やめてくださいよ。鉱石の前に大変な事故になるでしょう」
「なんだよ、そんなに思い詰めるほどミスリルが必要だったのか?」
高いだろあの鉱石、とジャンニは指摘し、どうせ買えないんだから諦めろ……という、非常に男らしいすっぱりとした判断を下した。
「いや、もうミスリルが手に入らないなら鋼でも良い、と最初から思っていたのですけれど……わたくしは今違うことで頭を悩ませているのです」
「違うこと?」
「……悪い奴ら……三人くらいに目をつけられているらしい」
レト王子がエリクにそう教えると、彼も表情を硬くして外を見る。
「あんまキョロキョロすんな。こっちが気付いたって向こうに知られるとやりづらい」
気付かないフリしててくれと言うのだが、彼一人でなんとかなるのだろうか。
「……とりあえず、他の金属でも買いましょう。必要なので」
わたくしはエリクにどれくらいの分量を買えば良いかを伺いながら、髭の立派な店主に注文する。
「鉄でいいのかい?」
「いえ、鋼で」
鉄と鋼は同じではないのか、そう聞くと『錬金術を使おうとしているのに知識が足りませんね』と呆れられる。炭がどうのこうのといっていた。
きちんとした錬金術の歴史は知らないが、確かに『金を作り出そうとして生まれた学問』なのだから、金属は得意分野と言い換えて良いだろう。
もっと難しい突っ込んだことは、エリクに聞けば教えてくれるから割愛する。
結局他の合成でも金属は使うのだからと、かなり多めに買わされた。
エリクも少し金属が欲しいというので、ここまで頑張ってくれたお礼として承諾すると……あいつめ、あれこれと買い始めたぞ。
まあいいや……エリクがいなければ、ここまでいろいろとできなかったものもあるし、嬉しそうだからプレゼント……イベントスチルだと思えば。