無事にエリクと合流し、レト王子と共に彼の家にお邪魔した。
エリクは『安物ですが』と言いながらも普通のお茶に香草を足して、すっきりとした味わいのハーブティーにアレンジした洒落たものを出してくれた。
後味も爽やかなそれをご馳走になりながら、ラズールの様子をどうだったかと尋ねる。
「――すぐ兵士であると分かる格好の者はいませんでしたね」
「あら。じゃあ、わたくしが過敏に警戒しただけかしら」
それなら今まで通りで問題ないかも。良かった。
そう思ったが、レト王子が少し気をつけたほうが良い、と難しい顔をして……買ってきたらしいクッキーをお茶請けに出す。
素朴なミルク味のクッキーだが、お茶との相性がとても良くて美味しい。
「街に兵士はいなかったが、リリーと同じくらいの少女をじっと見ている男は二人ほどいたぞ」
「えっ……」
思わず絶句すると、いましたねとエリクも頷き、物騒なものですとカップを口に運んだ。
「き……気のせいであっていただきたいわ」
たまたま、少女を愛でるご趣味のある男性の前に、可愛い少女がいただけだ。そう思いたい。
「最近タイミング良く人さらいも出ているようですね。直接の関係は掴めませんが、完全に無関係と決めつけるべきではない……とわたしは思います」
「わかりましたわ。ご忠告、しかと胸に留めておきましてよ……そうだ、レトのほうは大丈夫でしたの?」
「警戒していたが、俺のほうは平気だった。きっとクリフとかいうやつと会ったときとは目や髪の色も違っていたから、かえってそれが良かったのかもしれないな」
そういって赤い髪を一房つまんで灯りに透かしているが、出かける前はエリクを真似てこげ茶の髪にしていたはずだ。
既に彼の髪や目の色は元に戻っている。
今までさほど気にしていなかったが……こんな燃えるように鮮やかな赤い髪をした超絶美少年、街ですごく目立っただろう。
「普通は髪も目の色も変えていると思わないでしょうね……」
わたくしはそれに深く同意し、大丈夫だろうとレト王子を危険な目に遭わせてしまっていた自分の配慮のなさを恥じた。
「今後、レトの事も気をつけなければ……」
「ああ……俺は平気だ。いざとなったら一緒に逃げような」
……なんか格好良いような感じで言ったぞ。
「……あなたがたを探している王家や伯爵の息がかかった直属のものがいる、とは断定できませんが……人さらいがいるという情報も看過できませんので、子供だけで出歩くのは危険ですね……わたしもいつでも一緒というわけにもいかないようですし。困ったな」
エリクは自分の顎に手をやりながら、わたしの腕では守ってあげられませんからねえ、と諦めたように呟いてレト王子とわたくしを見つめた。
「わたくしもレトも、護身術はからっきしですからね……」
「俺はリリーよりできるぞ」
少しな、と付け足すレト王子だが『少し』とは『撃退できるレベル』に達しているのだろうか。
そう尋ねると、彼は心許ないとはっきり口にした。うぅん……無理なのか。潔くてよろしい。
「うーん……これからを考えますと、腕の立つ護衛やら参謀やらが欲しいところなのですけれど……」
さすがにエリクのように魔族と分かって手を貸してくれる奇特な御仁なんて、そうそういないだろう。
こう、忠実に任務を守る、下僕のような、弱みを握られた奴隷のような――
「――奴隷……」
わたくしがぽつりと漏らした不穏な発言に、エリクもレト王子もぎょっとする。
「いえ、違うのです。今日、オズさんと話していて……」
わたくしは慌てて弁解しながら、奴隷売買のことについて彼らに誤解なく説明し、ついでにテシュトに行きたいとも要望を伝えた。
「ミスリル鉱石……リリーさんが欲しい理由は多分アレのことだろうなと思いますし、王都などに出る危険性を考慮するなら、確かにテシュトのほうが近いし入手しやすいでしょう」
しかし、とエリクは……君が行くのかと言わんばかりにわたくしを見て、首を横に振った。
「悪いことは言いません。やめた方が……」
「えっ。嫌です、テシュトに行って鉱石や珍しいものが欲しいのですわ!」
「何言ってんですかっ。君たちの容姿はとても目を引くと言ったはずですけど? 覚えるための脳が入ってないの? とてもじゃないが、鉄鉱石や奴隷を買いに来た主人には見えないし。どちらも逆ですよ。どう見ても買われる方です」
「なにかとても侮辱された気がするんだが、エリクの意見は当然だな。俺はともかくリリーは可愛いから無理だ」
ツンデレ錬金術師は毒舌なので、たまにドスッと冷たい言葉が突き刺さる。
レト王子にもどうやら言葉の槍が突き刺さったようだが、真面目な意見の一端として聞き入れたようだ。将来いい君主になれるよ……多分……。
しかし、わたくしはどうしても行きたい。
錬金術の道具はエリクが見繕ってくれるかもしれないけど、街がどうなっているのかも凄く興味あるし、もしかしたらテシュトの武器屋に魔王軍の遺産めいたものとかあるかもしれないじゃない?
でも、わたくしの心配をして二人は首を縦に振ってはくれない。
売られる側にしか見えないというのは、まあ……抵抗したところで簡単に袋に放り込めるだろうから、エリクの判断は当然でもある。
「お……?」
わたくしが変な声を出して動きを止めたので、エリクはまた何かとんでもないことを言うのかと眉を顰めてこちらを警戒する。
「わたくしたちの身を守る傭兵さんを雇うために、という目的も兼ねませんか?」
「はぁ……どうしても行きたいというなら……魔力もあと二往復するほどには無いし、出来れば日を改めたいんだが……」
というレト王子の意見を最優先し、善は急げという事で――翌日向かうことにした。