西に向かいながら、ズルズルと這って歩くスライムに狙いを定めて弓を引く。
矢が当たると、ぷちゅっ、なんていう可愛い音がするせいか、スライムに効いている感じはしない……けれど、三射ほど当てると奴らはどろどろと溶けてしまうので、その残骸『粘体』を採取して再び次の獲物を探す。この繰り返しだった。
矢はたくさんある。枯渇する前に戻ってくればいいし、念のためポーションと毒消しのアイテム、松明もある。
エリクの家に書き置きを残してあるから、ちょっと周辺の採取と討伐をこなして帰れば、二人が帰る頃には間に合うだろう。
スライムとはいえ、わたくしのような初心者には絶好の敵である。
最初は慌ててしまったが、だんだんと精度と速さが上がっていったのが実感できた。
魔力を乗せて撃つ、という攻撃スキルも難なく出来るようになり、スライム狩りの効率も上がる。
調合アイテムの白百合の花粉やリザーの葉、染料のもととなる花びらも採取し、スライムを見つけたら倒していく……と、確かに沼地が見え始めた頃からスライムの数は次第に多くなってきた。
やはり、ぷるんぷるんの体を保つにはスライムも水分は重要らしい。
そういえば魔界のスライムも川の近くに……いたなあ。
湿った場所を作っておけば、もしかすると魔界でもスライム退治は効率が上がるかもしれないわね。
足下に注意してスライムを倒して粘体を取り、またスライムを倒す……という事を繰り返して沼地の周囲徘徊を行っていると、おぉい、と手を振って近づいてくる見慣れたおじさんがいた。
「あら。オズさん」
「嬢ちゃん大丈夫だったかい。一人じゃ危ないから迎えに来たよ」
「オズさんだってお一人でしょう? 羊は放ってきたのですか?」
「あいつらは平気さ。エリク達が帰ってきたから任せてあるよ」
あら。戻ってくるのが随分早いですわね。そう呟くと、もう三時間は経ってるよとオズさんが呆れている。
「お兄さんがずいぶん心配してるよ。一緒に村に戻ろう」
「あら……それはいけませんわね。お叱りを受けてしまいます」
わたくしは急いで道具を片付けると、オズさんと元来た道を戻っていく。
お叱りを受けて困ると言ったのは、レト王子から……ではなく魔王様に、である。
レト王子を泣かせたりなんかしたら、わたくしはナレ死どころか魔王様にくびり殺されるだろう。
実は育児放棄かと思いきや、ただ生きる気力がなかっただけで精神は普通に愛が重いだけだった。いや、普通は愛が重いとは言わないか。
「さっき言い忘れてしまったが、本当に何もなかったかい?」
オズさんはまたわたくしに気遣わしげな顔をして聞く。
「ええ。狼問題は解決致しましたでしょう? 敵が出ても弓ですから不用意には近づきませんし……あの、またこの辺で問題がおありですか?」
すると、最近というわけじゃないんだけどね、とモゴモゴ口の中で呟いてから、たまに悪い奴が出るらしいんだよと呟いた。
「……泥棒や追い剥ぎは悲しいかな、どこにでもおりますわね」
「そうなんだけどね、人さらいなんだわ」
「ひ…………」
わたくしは絶句して、自分の体を抱くように手を回す。
「危なかった!! わたくしみたいな娘は確実にさらわれるところだったのですね!」
「そうだよ? 奴隷商人に売られちゃうかもしれない。でも、このへんじゃそういう噂もたまにしか聞かないし、うちの村は可愛い子がいないから大丈夫かなと思ったんだけど……さっきマーズが、西の村に出たらしいって言うから大慌てで迎えに来たんだよ」
いやーびっくりしたね、などと息を吐いているが、知らなかったとはいえわたくしはかなり幸運である。
そしてそれを伝え忘れていたオズさんは、人さらい事件が起こったらただでは済まなかっただろう。こうして迎えに来てくれたから帳消しにしておこう。
「奴隷を売買するような場所って、あるのでしょうか……」
「そりゃ多分大きな都市にはあるよ。東の炭鉱とか、中央にだって人が必要だからね」
なるほど。貴族に買われたり、実験に使われたり、労働力として買われるのか。
「…………東の炭鉱……ああ、ええとテシュト。鉱山街テシュト」
「おお、よく知ってるね。あそこは最近魔法銀採掘量が上がったって。さぞ多くの人手が必要だ」
ミスリルか……。
わたくしの頭の中では、ミスリル鉱石と魔晶、魔力水での合成レシピで『流動金属:ミスリル』が出来ることは……無印版の知識で分かっている。
流動金属は、加工しやすくしてある金属なので、錬金術では様々な用途に用いられる。
銀と魔界の水などでミスリルが出来るのではと思って試して貰ったが、魔界でも地上でもその合成は出来なかった。
というか錬金術でそんなことをしなくとも、ミスリル鉱石は地金として鍛冶屋に置いているけれど、ラズールには鍛冶屋がない。
それに、ミスリルがあれば……わたくしが作りたいアレが強化できる。
手に入るならとても欲しい。いや、なんならまず鋼でも良い。
「……テシュトか……」
わたくしはもう一度呟き、脳内で計画に組み込み始めた。
街の入り口が見えはじめた頃でも、慌ててわたくしに駆け寄るレト王子の事を忘れてしまう程度に自分の中での計画に没頭していた。
「リリー!! 良かった、無事で本当に良かった!」
「ひゃあっ?!」
わたくしの許可を問わず、レト王子はぎゅぅと人前でわたくしを抱きしめ、涙声で再会を喜んでくれた。
推しの顔が近い。美少年が……未来の美形の顔が近い。
「人さらいが出たかもって言うからびっくりしたんだ……リリーはボーっとしてるから、絶対さらわれちゃう……」
「ひ、否定は出来ませんわね。というかレト、もう離して……」
「いやだ……どこかに行ってしまうかもしれないじゃないか……」
頬まですり寄せてくる、この抱擁は正直困る。
エリクもオズさんも、無事に見つかって良かったですとかなんとか会話しているが、わたくしはどのみち無事じゃない。
「レト、こういうのはいけません。そういうのはあとであっちに戻って……時と場合はわきまえるのです」
適当なことを口走ってしまったせいで、その口約束を信じたレト王子の拘束が少し緩やかになる。
「本当に……あとで、だよ?」
ぐっ……かわいい……。かっこいいっぽいのにかわいい……。
レト王子がイケメンに成長したら、わたくしは見とれてしまうかもしれない。
そうなる前に、耐性を上げておかないと……。
ぎこちなく頷いて承諾したわたくしから、渋々離れてくれた。