【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/22話】


「リーリちゃ~ん?」

 魔王様の明るい声。


「はい……」

 わたくしは震えながら魔王様の御前に跪くことしかできなかった。


 殺される。そんな気さえした。


「ね~え? 婚約者がいたってどういうこと? 魔王(おとうさん)に教えて?」

 眼光鋭く威圧的な魔王様は、声だけ優しい。


 その優しい声は鋭く、まるで見えない刃がわたくしの首元に添えられているかのようだ。


 選択肢と魔王様のご機嫌次第で、この胴と首が離れるかもしれない。


「わたくしも、ほんとうに、わかりません……」

 誓って、嘘ではないのだ。


「やっぱり、リリちゃんみたいな子に……婚約者(そういうの)がいないわけないと思ってたんだ……信じかけてたのに……やっぱりレトゥハルトじゃ、だめなんだ……」

「いや、お待ちになって……レト王子を巻き込まないでくださいませ……」

「じゃあレトゥハルトのこと好き? ねえ好き? 誰よりもいちばん好きって今ここで魔王に誓って? そうしないと信じないから……!」

「問答がめんどくさい恋人みたいになってるので止めましょうよ……!」


 魔王様の居室は玉座もないので、一国の王だというのにベッドにあぐらをかいて、ぎょろりとした金色の瞳をわたくしに向けている。


 この親子の金色の瞳はとてもとても綺麗なのだが、魔王様はレト王子の色恋沙汰になると、わたくしにこうして……奈落の底にでも続いているような、深い闇のある目を向ける。


 こうもめんどくさ……じゃなく、魔王様のご機嫌がすこぶる悪いのは、昼間買い物に行っていた先……ラズールでの一件のせいだ。


 わたくし……というかリリーティアお嬢様は、リメイク版で(無印版のメイン攻略者だった)クリフ王子の婚約者になっていたからである。


 ちなみに、既にローレンシュタイン家は『娘なんていなかった、いいね?』が想像ではなく本当に発動されているので、王家との婚約は伯爵家から家庭の事情で一方的に破棄され(ることになっ)ている(と思う)のだ。


 恐らく多大な賠償金やら何やらを支払ったのだろう……。


 あの口ぶりからでは、まだ婚約破棄は受理されていない……。早く許可してよ頼むから。


 こうして魔王親子の食生活を整えて餌付けしているからなのかは分からないが、魔王様はわたくしとレト王子をどうしてなのかくっつけたがっている。


 たまにレト王子をそそのかし、とろけるような笑みを浮かべさせたり魅了の呪文などを使わせようとするので、のぼせてうっかり頷きでもしたら、大変なことになろうというものだ。


 魔王様曰く『リリちゃんは人間だけど特別にレトゥハルトと一緒にいて良いから』だそうだ。


「わたくし本当に、記憶がほとんどなくて……何があったかなんて知らないんですのよ! レト王子は信じてくださるわよね?」

「リリーの過去は分からないけど、嘘をついていると思いたくない」


 魔王様の隣で膝を抱えて座り、目に涙を溜めて潤ませながら、レト王子はチョコチップの入ったクッキーをもっしゃもっしゃとハムスターみたいに口いっぱいに詰め込み、頬張りながらまた新しく取り出しては詰め込もうとする。



 こちらもあからさまに機嫌が悪い。



 やめて……泣かないでください……その目に溜まった涙が頬を一筋伝うとき、わたくしはきっと【二股かけたので魔王様からリリちゃん惨殺エンド】になるのです。


 自覚したのは遅いけど、わたくしの推しはあなたですよ、レト王子……! 信じて!


 魔王様のどこかおかしい頑張りは、父親の期待に応えたい健気なレト王子にも兆候が現れ、たまに彼も『リリーと一緒ならなんでもいい』などと言ってくる。


 五年後が楽しみな、現段階で整ったお顔のレト王子がそう言うので効果の程はかなり大きいのだが、それが本心かどうかなんて、所詮他人であるわたくしにはわからない。


 それよりレト王子が親に洗脳されかけている気がしてならない。


 端的に言えばふて腐れたレト王子は、口の中がいっぱいなのにクッキーを押し込もうとするせいで、食べかすや砕けたクッキーがボロボロと魔王様のベッドの上に零れているのだけど、これは見なかったことにしよう。



「でも、あのクリフとかいう王子。本当に酷い男だ。俺だって魔王の息子だと言って良ければ、うんと驚かせてやりたかった」

「クリフ王子は……まあ、うん。初見でしたが嫌なヤツでしたわね。でもレト王子、食べている間に話すと食べ物が口から零れるのでお止めくださいませ」


 確かにクリフ王子の顔は良かったが、性格が悪い。

 ちょっとあれは推しじゃなくてもショックだ。あんなトコ見たくなかった。


「……嫌な思いをさせて、申し訳ございません……」

「リリーのせいじゃない。あの男の態度が悪い」

 レト王子はクッキーを憎そうに睨み付ける。


「クリフとかいうやつ……自分のだと思ってたリリーが……(ひと)のものになったから、羨ましかったんだと思う」

 睨み付けていたクッキーを口の中に放り込んで噛み砕くと、王子は牛乳を飲んで、クッキーたちを胃の中へと送る。


「そーだよね。リリちゃんはレトゥハルトのだもんね! うんうん。レトゥハルトは、ちゃーんとわかってきたね!」

 わしわしと息子の頭を撫でる魔王様に、レト王子はくすぐったそうな笑みを浮かべていた。あっ、これは間違った成功体験かつ洗脳を施しているのでは?


「あの、わたくしはわたくしのものですけど??」

「もうリリちゃんたら、冗談が上手だなあ」

 何かとんでもないことをさらっと言ってくれちゃってるが、親子共々いけないひとたちだ。



「でも、次回からラズールに商品を卸しに行くのは俺だけにしないか?」

 ようやく『そうですね』と同意したら全てが終わりそうな責め苦が終わったと思えば、レト王子が真面目な話を振ってくれた。


「ええっ……だめです、そんなの。あなただけ行かせるくらいなら、わたくし一人で大丈夫です」

 わたくしは掴まってもせいぜい投獄されるくらいだと思われるからまだマシだけど、レト王子は身バレしたら即処刑コースだ。


 それでは魔界のバッドエンドになってしまう。


「だって、奴らはきっとリリーのことを、伯爵に告げたと思う。本人達が来なくとも、息の掛かった手下や兵士が待ち受けるはずだ」


「それは……そうかもしれませんが。わたくしを捕まえても伯爵家の外聞は悪いし、クリフ王子にも婚約解消するとかしないとか大ごとになった相手と再び……なんて、周囲の貴族が聞いて呆れましょう。それに政略結婚なら、もっと身分もお人柄も良い相手がおります。だから、たとえ求められても――そうですね、先ほどの意趣返しとしても全くの『無駄』になるのです」


 王家は求心力でもある。


 わざわざそんな騒動を起こして元サヤなんて、国を統べようという王太子としては褒められたものではない。


 わたくしもあんなボンクラを掴まされるのは御免だ。


 しかし、ラズールは確かに目をつけられただろうな……痛いな……。

 なんといっても収入源があそこだし、パン屋に行けないなんてレト王子には辛いだろう。



「……あ。わたくしたちが無理なら、エリクにお願いしましょう」

「エリクに? 随分遠いのに、わざわざ運ばせるのか」

「ディルスターにレト王子が商品を持って行き、レト王子はエリクと一緒に変装してラズールに行き、納品とお買い物をして貰う、というのはいかがでしょう」

「手間でしかないぞ。食料購入と納品ならもう一人でも行ける……変装なら、エリクじゃなくリリーでも同じなのでは?」

 そう指摘されたが、わたくしは首を横に振る。


「わたくしかレト王子のどちらか……以前と状況の違いを把握できる人物と、何かあった場合連絡のつく相手が一緒にいて欲しいのです。あと、どちらかがラズールで納品や買い物をしている間に、ディルスターで集めておきたいものが多々ありますの」


 危険なことをするわけではないので大丈夫です、とにっこり微笑んだ。



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こめんと

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