「クリフォードとか言ったな。貴様、リリーに謝罪しろ」
腕を組んで、ゴミを見るような目でクリフ王子を見ているレト王子。
どちらのことも王子王子と言ってしまっているが、クリフ王子はこの国の王子で、ご存じであろう、みんなのレト王子は魔界の王子様である。
なんと、このわたくしのせいで王子様がたが険悪な雰囲気になっている。
「レト、もういいです。行きましょう――」
「俺が嫌だ。リリーに酷いことを言わせて立ち去るなんて許せない」
腕を引いてみたが、レト王子はかたくなに動かない。
うう……なんなのこの王子……お肉食べたいってさっきまでかわいいこと言ってたくせに、急にイケメンとかずるい……。
「許せないのはこちらだ! 僕に謝れと?! だいたい、その女の頭がおかしくなったせいで、この僕にこうして多大な迷惑が掛かっているんだぞ?! 今までどれだけ僕がその女に我慢を強いられてきたか……こうして勝手に、伯爵家から一方的に婚約の破棄を国王に嘆願され、あちらこちらからいい笑いものになった僕のことを考えてみろ! 謝るのはどう考えてもそちらだろう! 跪き、泣いて謝罪すべきだ!」
当たり前のことのように謝罪しろと言い放つ謎の少年に、クリフ王子が声を荒げて積もり積もった文句というか鬱憤をブチまけた。
「その女……って『一応』貴様の『元婚約者だった』んだろう? 大事な伴侶となったかもしれない女性に、よくそんなひどい言い方ができるな……。この国の王族は、か弱い女を公然といたぶるのが平常だというなら……そう覚えておく。互いに話したいことも誠意もないだろうから、もう謝罪は要らないはずだが。そうだろう? 『俺の』とても愛しい『リリー』……?」
ところどころ単語が強調されていた気がするが、レト王子がわたくしのためにロイヤル紳士オーラを出している……。
「え、ええ……」
いかん、ここで魅了を使われるのは困る。顔が眩しい。
魔王様、ああ、魔王様。ご覧になられていないのが残念です。
わたくしもスマホがないのが残念でなりません。この勇姿を録画したかった。
しかし、このレト王子のあてつけのような強調のせいか、わたくしが同意したのが気に入らないのか、クリフ王子はとても怒り始めた。
「貴様のような平民に、何も言う権利はないんだよ! 僕はリリーティアに謝罪しろって言ってるんだ! 耳がついてないのか?!」
「あら。わたくし? 聞いてなかったわ。なんかごめんね~? これでいい?」
「謝罪が軽いッ!!」
顔を真っ赤にして怒り狂うクリフ王子。
あらやだ、なんかからかうと面白いわね。
「……控えろ。そこの貴方は……度が過ぎる。本来王族に意見できると思っているのか? 投獄されても文句は言えないところだぞ」
ここで見かねたマクシミリアンが間に入った。タイミング遅いっ。
ところでリリーティア、とマクシミリアンが鋭い声をわたくしに投げた。
「今回、クリフォード殿下は視察でここにいらっしゃっている。だから……この場は事を荒げず、見逃してやろうと思う」
何よ、視察って……ははあ、なるほど。ここで目立って国王陛下に注意されたくないわけね。
確かに一般人相手に声を荒げる王太子様は誰かに見つかったら恥ずかしいわね。
わたくしはわざわざそう教えたマクシミリアンの機転に応じ、優雅なカーテシーを披露してやった。
というか、本当にちゃんと出来ていたかは分からない。
だって教育された記憶が無いんですもの。
「クリフォード様の温情と、マクシミリアン様に多大なる感謝を」
やっべ、マクシミリアンは自己紹介してないのに口を滑らせてしまった。
しかしそれを気にしていないのか、幾分ほっとした顔のマクシミリアン……とは逆に、苦虫をかみつぶしたかのようなクリフ王子。
「ふん……このことは、きみの父上にご報告しておこう」
「…………ローレンシュタイン卿のことでしたら、リリーティアという娘などいないと伺いましたし、わたくしもそのような出自ではございませんが?」
「チッ……! ああ、きみのような女性が婚約者ではなくなるなら、僕は心底幸せだよ!」
「お互い、そう思っているなんて嬉しいことですわ」
ふっ、と挑戦的な笑みを向けてやると、気分を害したような表情をして、クリフ王子はわたくしに『このままでは済まさないぞ尻軽女』と吐き捨てるとマクシミリアンと共に去って行った。
覚えてらっしゃい。次にこんなことをしようものなら、魔界のスライムゼリーをお腹いっぱい召し上がっていただきますわよ。
あと尻軽じゃねーし。
ピュアラバ内に推しは特にいなかった。
リメイクをプレイ済みなら多分レト王子になってたけどな。
……そう、そうよね。わたくしの推しはレト王子だ。
あっ……。推しと手を繋いでいるとか、自覚するとちょっと……照れる。
忌々しいクリフ王子の背中を見えなくなるまで睨み付けてから、怒気と一緒にため息を放出する。
「あー……ひどいものに絡まれましたわね。レト、あれはお気になさらず……」
「……怒ってない。ああ、ちっとも怒ってなどいないさ」
レト王子は先ほどまでの天使のような笑顔ではなく、悪魔のような形相で怒りを鎮めようとしていた。
うわ……すごく怒ってる。
「……帰ろう、リリー。ここにはもう居たくない。残念だけど肉は今度にしよう」
「は、はい……」
手を引きながら、レト王子は転移のために人気のない場所を探す。
彼の手は怒りに震え、唇は強く引き結ばれている。
何かを言うことも聞くことも憚られ、わたくしは無言で彼についていった。
都会の雑踏は賑やかなのに、わたくしたちの心は――とても冷ややかだった。