「……レト、そろそろ土壌作成計画の方針が固まってきましたの」
今週の分をハルさんに卸し終え、屋台で肉と野菜をパンで挟んだものと飲み物を購入し、野外に設けられた席に座ると……食べ物に感動しているレト王子に小声で話しかけた。
「えっ? 聞いていなかった。ごめんなさい」
「そのようですわね……お召し上がりになったままで良いので、お耳だけ拝借します」
「んむ……」
食べながら返事をするという若干行儀の悪いことをしながら、最近血行と肉付きが良くなってきた顔をわたくしに向ける。
とはいえ、ゴボウのようにヒョロヒョロだった体に、わずかばかり肉が付いただけであり、青白い顔は……ただの白い顔になった。
これが多分魔族のデフォルトなのだと思う。
他に人間型の魔族を見ていないから分からないけれど。
……魔王親子がちゃんと三食プラスおやつを食べられる生活が出来て、体調も多分本来のものになってきたようで、本当に良かった……。
栄養満点な美味しいご飯を食べているせいか、魔王様も最近ベッドからきちんと起き上がるようになったし、レト王子も成長期だからこれから背も伸びるだろう……。
もちろんわたくしがこうして怪しげな水を詰め売りして働かなければ、その生活も長くは続かないのだ。
国を発展させるなら、更に良い方法を考えなければならないし。
「リリー?」
耳を貸せと言っておいて、わたくしが話し始める様子もないので焦れた様子のレト王子が小首を傾げ、わたくしの顔の前で手を振った。
「あっ、ごめんなさいね。レトが美味しそうに召し上がっていたから、わたくし幸せだなあと」
「美味しいものを美味しく食べるのは良いことだと言われた」
そう言って、またパンにかぶりつく。
美味しい物を美味しく、というのは、いつも懇意にしているパン屋に言われたものだ。
まだゴボウだったレト王子が『この店のパンはとても美味しかった』と笑顔で店主夫婦に告げ、だんだんとふくよかになっていく。
毎回美味しいと礼を言う常連の美少年に絆されたのだろう。
たまに、頼んでいない菓子パンが二つほど入っている。
悪いからと次に行ったとき多く買うのだが、内緒ねと目配せをしてまた入れてくれる。この繰り返しだ。
こうしてすっかり仲良くなったパン屋夫婦は、レト王子が来るのを楽しみにしてくれているようだ。
人に好かれる性格なのは良いのだが、注意しなければならないことも増える。
王子の耳は……人のそれとは違い、外耳の先が尖っている。
いわゆるエルフとかそういう、亜人種によくあるものだ。
地上に転移するときに、幻術で人の耳に見えるよう隠しているが、目の色共々いつ見破られるかも分からない。
帽子とかフードで、二重に隠そうと思う。
しかし、頭から角が生えたり羽根が生えたりしているわけではないから、隠せるだけマシだろう。
一人でニコニコとしていると、またレト王子は不思議そうな顔をした。
いい加減本題に入らないと、結局なんなのかと呆れられてしまう。
「実は、土壌作成計画を考えました」
「おお……出来そうなのか」
カップをテーブルに置いて、レト王子は目を輝かせた。
「はい。ちょっと危険ですが、やってみる価値はありそうなのです」
「危険……?」
レト王子は食べ終えた皿を重ね、テーブルに肘をつく。
何をする気なのかと不安そうな表情を浮かべながら、わたくしの顔を見つめた。
「……固い岩盤を砕き、土替わりのものをつくり、最終的に錬金術のアイテムで雨を降らせるのです」
「雨とは、地上で降る水か。この間のは寒かったが気持ちよかった」
天候が変わらない魔界では、晴れも雨も雪もない。
レト王子はこの間地上で見たのが初で、冷たい雨に打たれて感動していた。
そんなアーティストのPVみたいなことをされても、あれはシャワーではないのだ。
「しかし、あの土地にそんなことができるのか?」
「多くは降らせません。洪水が起こっては困るので……」
一応事前調査として、川の水をタライで汲み、小屋の前の岩盤の土壌に流してみたが……シャベルで掘るとすぐに固い岩盤に行き当たるので、水はけは悪い。
つまりその硬い場所をなんとか掘り進み、土をつくり、育てることから始まる。
その算段というか段取りは組み上がっているので、問題ないことを伝える。
「やりたいことは分かったが……土というのは、地上から持ってきてはいけないのか?」
「地上の土ではなく、あの場所の土でなければ意味がありません」
あの場所、とボカしたのは、人間の住む場所で『魔界』なんて単語をホイホイ出すことは出来ないからだ。
「さて。それじゃ、やるのは早いほうが良いですね。おやつと牛乳を買って帰りましょう」
「リリー、今日の夜は牛の肉が食べたい!」
レト王子の要望に頷き、じゃあ肉を買って帰ろうと言うと、彼は本当に嬉しそうに笑ってくれる。
これがとても可愛いくて、わたくしはいつも彼の笑顔を見ると嬉しくなる。
エリクの知恵と王子の魔法技術、そしてわたくしのDIY技術(と魔王様の仕上げ)によって、簡易的な冷蔵庫……という名の氷室が完成しているのだ。
魔界の川の水を汲んだ容器の上に、氷の精霊が佇んでいる。
精霊は魔力水のお陰で、水がある限り消滅することもない。
食材投入のたびに水の補充をすれば良いので、もう食材の貯蔵に悩む必要がないわけだ。
「リリー、早く買いに行こう! お肉いっぱい食べような!」
わたくしの手を引っ張り、はしゃぐレト王子。
あまり軽々しく女の手を握ってはいけないと教えたはずなのだが、わたくしはいいんだと言って止めようとしない。
まあ良いですけど。わたくしほぼお母さんみたいな感じだし……。
小走りでレト王子は大通りを曲がって人通りの少ない道を進み、頬を上気させている。この道のほうがお肉屋さんは近道なのだ。
お肉でこんなに喜んでくれるなら、いつもお肉食べさせてあげたくなる……。
自分の甘さに失笑していると、突如『リリーティア』と声を掛けられた。
「……?」
レト王子が怪訝そうに立ち止まったので、どうやら彼が言ったわけではないようだ。
「きみはリリーティア……だろう?」
やや後方から声が掛かり、わたくしはレト王子ともどもそちらに視線を投げる。