約束通りにディルスターの村を訪れ、エリクの家に行く前に……この間釜をくれたオズさんの家へと向かう。丁度羊たちを放牧しようとしていたオズさんに出会い、向こうも気付いて手を振ってくれた。
「一昨日はありがとうございました。早速合成釜を使わせて頂いてます」
「そうかい。アレ大丈夫だったか?」
「ええ、それはもう。大事に使っていたというのが伝わる、綺麗な釜でした」
「ん……そうだな……俺もガキの頃、爺さんがよく分からん調合してるのをよく見てたな。親父も俺も、そっちの道に進むこともなくて。あんたらみたいな若い子に使ってもらえるなら、爺さんもきっと喜んでるよ」
話しながら故人を偲んだのだろう。懐かしそうな顔をして、オズさんは頷いた。
昨日店で買ったクッキーをお礼に差し上げて、羊たちをちょっとモフらせてもらった後、エリクの家に行って挨拶する。
「よかった、約束を忘れているかもしれないと思っていました」
「必要な物を効率よく取りに行くのですから、忘れるなんて愚の骨頂ですわ」
あとお土産、と、さっきオズさんに渡したものと同じクッキーを渡すと、エリクは研究の合間に食べますと言って受け取ってくれた。
「それで、武器というのは……なるほど。弓と剣。無難な選択ですね」
わたくしたちが持っていた武器を見て、エリクは聞いてもいない感想を述べる。
「昨日ちょっとしか練習しておりませんから、腕は期待なさらぬよう」
期待できるほどではないが、一層の努力はする――とレト王子も言い、いつ頃森に行くのかとエリクに尋ねる。
「もう準備は出来ています。そちらも尾羽は急ぎの品なのでしょう?」
エリクは自分の鞄が手元にあることを見せ、今から行きましょうと提案した。
「そう……ですわね。取ってこいといわれているものですから、渡すのは早ければ早いほうが好ましいでしょう」
どれくらい羽が必要かとエリクに確認すると、彼もとりあえず一羽分あれば当分困らない……ということだ。
それなら、森の狩人……村のネズミ駆除にも一役買っている彼らフクロウを不必要に狩猟することもない。その一羽にとっては申し訳ないが……探しに行くことにする。
わたくしたちはしっかりした足取りで再び森に入り、木々の間にフクロウが居ないか注視しながら歩く。
しかし、地味な色合いでひっそりと佇まれていては素人の目で見つけづらい。
そもそも、フクロウの羽関連はドロップアイテムなので店売りしていないため、取りにいくしか入手方法がないのだ。
「――いましたよ。ほら、あの曲がった枝に留まっています」
自分の唇に人差し指を当てながら、エリクが小声で場所を教える。
自分の羽をふわっと膨らませ、丸くなって枝に留まっている可愛らしいフクロウ……確かにいた。
「うわぁ、かわいいっ……!」
「ええ。ですが……倒しますよ。狩りをしていない場合、ほぼ動かないので弓矢で狙いやすいはずです」
ああ、ごめんね。羽だけ欲しいの……恨まないでね。
わたくしは弓を引き絞り、フクロウの胴に狙いを定めると……うまく当たれと念じながら矢を放つ。
「やりましたっ……!」
標的はそのまま木から落下し、駆け寄って確認したところ、小さな体には矢が刺さっていた。
一撃で倒せたこと……苦しませないように出来たことにほっとしながら、どうすればいいかをエリクに聞きつつ、二人で羽をむしる。
「ふむ。これだけ材料として取れたら、しばらくは大丈夫ですね」
エリクと羽をそれぞれ半分ずつ分け、羽の回収も完了したわたくしたちは全ての目的を達成した。
この森にはフクロウが多いらしいが、すぐに見つかったこともありがたい。
羽を失って丸裸になった胴体部分は、置いておけばキツネや魔狼たちが見つけて食べるだろうということだ。
「ありがとうエリク。助かりました」
「こちらこそ」
入手した羽を鞄に入れると、エリクは何かを言いたげにそわそわしている。
「……君たちとは、これで会う機会がなくなるのかな」
思いも寄らぬ言葉に、レト王子とわたくしはどちらともなく顔を見合わせる。
「俺は、リリーが行くというならどこにでも行くが……」
「ええ。材料の手はずもありますし、魔狼たちにもたまに顔を出しておきたいですからね」
今回は出会えなかったけれど、レト王子も魔狼に会いに行くと言えば、きっと二つ返事で一緒に来てくれるはずだ。
「そ、そうか……いや、寂しかったわけじゃないですけど? ……他に何かないかと思っただけですからね」
ツンデレ錬金術師はそう口ではいうものの、少しばかり顔を赤らめている。
まあ、彼の顔を立てておいてあげよう。
いつかまた運命が交差するなら、わたくしかアリアンヌの仲間として……いや、ぶっちゃければ彼はリメイク版の新キャラだ。
つまり仲間というか……攻略対象の一人なのである。
そうか。そうなのだわ……恋愛はどうでも良いから戦力としてではなく、味方として引き込めるなら、非常に良いじゃないの……!
「…………手伝って頂けるのでしたら、お代を支払ってでもお願いしたいことが」
「っ……、な、何かな!」
エリクは嬉しそうに食いついてきた。
レト王子も、わたくしが何を言い出したのかという顔で見た。
「……わたくしたちの素性を知っているのは、今現在あなただけです。そして、あなたは錬金術師でもある。そのお力を、魔界のために貸して頂けないかしら」
「リリー! 何を言って……」
これにはさすがに、レト王子も眉をつり上げ苦言を呈する。
「レト王子、魔界の合成は……地上と同じ材料で検証することが大事です。そして、逆に魔界の材料を……地上で合成すればどうなるかも考えなくては」
魔界と地上の【錬金術逆引き表】を作る必要があるのだ。
最短で効率よく物を作ることができるばかりじゃなく、わたくしたちよりも知識の深いエリクの力を借りることが出来れば、新しいアイテムを合成することも可能かもしれない。
そう説明すると、レト王子は眉根を寄せたまま黙っていた。
「…………リリーが、そうするのが魔界のためだというなら……」
「ありがとうございます! ええ、必ず発展の手助けに致しますわ!」
嬉しすぎて思わず満面の笑みを浮かべてしまった。
「……そう、信じてる」
あまりにはかなく仰るレト王子に、またわたくしの母性みたいなところがきゅぅんと切ない痛みを訴える。
任せて。魔界のために全力で行くわよ!
「それで、エリクの所には材料の調達や魔界の材料の納品に来ます。つまり、エリクはディルスターに残っていつもの生活と同じようにされていて大丈夫です……魔界は、人間が住むには厳しいところなので」
「……わかりました。ですが、自分の許容量の範囲でお願いしますよ」
エリクは頷き、レト王子を見つめながら秘密は守ると言ってくれた。
「ただ、こちらから連絡を取ることが出来ないのが痛いですね」
「ああ……そうね……週に一度、立ち寄るという形で良ければ」
「そうするほかにないのでしょうし」
エリクはそういって頷いてくれた。
誰かに聞かれる可能性が低い森中で、エリクと研究ややりとりについての細かい話をし、日も傾き始めた頃、わたくしたちはディルスターから戻ってきた。
「魔王様、全て材料が揃いましたの!」
意気揚々と戻ってきたわたくしを、魔王様は偉いねえと褒めてくださった。
「見せて見せて……ふむふむ、材料の実物見たのはコレが初めてなんだけど、確かに揃っているようだ。それでは……こうして……フッと息を掛けて……はい、どうぞ」
全ての材料の上に両手を置き、息を吹きかけた魔王様。
手を離すと、机の上には材料ではなく虹色の丸い石がついたペンダントがあった。
「これは地上の文字が読み書きできるようになる魔具だよ。それをつけている間はスラスラ読めるし書ける。ずっと身につけていれば、自分でも文字は自然と覚えるだろうから、覚えちゃったら外しても大丈夫さ」
「まあ……素敵な贈り物をありがとうございます! デザインも素敵ですから、大事に致しますわ」
しかもこんな重要なアイテム。ぎゅっと手で握りしめて感謝を伝えると、魔王様は痩せた顔で笑ってくれた。
「こちらこそありがとう。リリちゃんとレトゥハルトの頑張りは、魔界の闇を照らす光みたいで眩しいよ」
「……俺なんて、リリーにとってはただの送迎要員です。今日だって地上の錬金術師の男とずっと楽しそうだったし……俺が、リリーと頑張っていくのに……」
ブツブツと文句を言い始めたレト王子。
「まぁっ。だって、協力者は多い方がいいと……」
レト王子も納得してくださったのではなくて? そう問おうとしたところで、二の腕をむんずと魔王様に掴まれた。
「――リリちゃん? それどういうこと?? 魔王にも教えて?」
さっきの朗らかな笑顔を浮かべたまま、目が笑っていない魔王様。
奈落の底みたいな、暗い闇がそこにある……。
えっ? わたくし、何かまた選択肢を間違えて地雷を踏んでしまった?
「ですから、地上の錬金術師に協力者が出来たのです……魔界の材料を人間界で合成するのと、こちらで合成するのではそれぞれ実証するので倍の行動と時間ががかります。その短縮にもなるのです」
必死に説明してみたが、レト王子が口を尖らせて、まだ何か言いたそうにしている。
「俺……よくわからないが、リリーが誰かと楽しそうにしているのを見ていると、この、胸がモヤモヤして何か嫌なんだ……なぜなんだろうか……」
「んぐぐ……」
レト王子、なんか凄いかわいいこと言ってるんですけど……。
「リリちゃん……ふふ、見てごらん。本人にも分からない、ささやかな嫉妬からレトゥハルトに心の闇が生まれた。そうか、目覚めようとしているんだね……」
魔王様が嬉しそうにレト王子を見つめている。
言っていることが物騒極まりない。レト王子がヤンデレになってしまわれては困る。
魔界の不幸な王子と、開発陣のシナリオに弄ばれる薄幸の元・悪役令嬢……。
カップリングとして最高でしかなかった。
わたくし、これリメイク版で遊んでいるプレイヤーという身分『だけ』だったなら、ほんとに応援しちゃうんですけど……。
【わたくしがモテたい】のではなく【モテてるリリーティアお嬢様】をじっと壁のように見ていたかったのに……!
リリーティアというそこになんの違いもありゃしねぇだろうが! という声がどこからか聞こえてきそうだ。
違うのだ――……そう声を大にして叫びたいが、理解してくれる人もここにはいない。
わたくしがどうあれ、レト王子の(心の)闇を目覚めさせてはいけない。
「……レト王子、ご安心ください。わたくしはただ、導き手としての仕事をこなしているだけなのです。それに、レト王子も……エリクと本心では仲良くなりたいと思っているからこそ、わたくしにその感情を勘違いして向けたのだと思います」
「……そう、だったのかな……」
思うところがあるのか、レト王子は自身の胸に手を置きながら首を傾げる。
わたくしはうんうんと素早く何度も頷いた。
「レトゥハルト、自分に正直になるんだよ。リリちゃんが全て正しいとは限らないよ?」
「あら。魔王様の仰っていることが全て正しいとも限りませんわ。レト王子、ご自身でよく考えてください……エリクとの友情はきっと素晴らしいものです」
レト王子の手をそっと握り、ね、と笑顔を見せて話をうやむやにする。
「う、うん……わかった……エリクのことはちょっと考えておく……」
「……思った以上にやり手だね、リリちゃん……恐ろしい娘……」
「お許しくださいませ。フラグ管理とスチル回収が板についておりますの……おほほ」
わたくしの言っている意味はお二方に分からないだろうが、それでいい。
そもそも、これがフラグかどうかもわからないし。
魔界を救うって言ってんのに、恋愛ルートに入ってラブラブしてる場合じゃないのよ……レト王子がいい人自分で見つけたら、その時は応援するから。
「あっ。そうだ。レト王子、魔狼たちのことを魔王様にお伝えしなければ」
今までコロッと忘れていた。ごめんね。
「……そうだな! 父上、実は錬金術師の村の付近には魔狼が住んでいるのです。彼らに話を聞いたところ、食と住環境さえ整えば再び戻ってもいいと言っていました」
「そうか……確かに食だな……」
しみじみとした口調で、おやつのクッキーを平らげて空になった皿を見る魔王様。
「今まで分からなかったけど、人間の食事を食べたら魔界のスライムほんっとマズかったって分かったからなあ……」
「……はい……俺はあれを美味しいと今まで食べていたのがつらいです……」
一度、美味しいものとかを知ると戻れない感じするわよね。
そもそも魔界スライム味と、焼きたてパンにバターと蜂蜜を塗りたくった物を比べたら、舌と心の感動レベルが比べものにならない。
わたくしの知識はモンスター方面に明るくないし何度も言ってるけど、スライムは食用ではないはずだ。栄養面だってほぼないと思う……でもお二人を支えたのはスライム食……。
魔界の歴史書に載ってしまう内容だ。つらい。
皆一様にしんみりとしてしまい、食の大事さを痛感する。
「あの。魔界は、創世以来ずうっとこのような不毛の大地なのですか?」
「聞き及んでいる限りはそうだよ。魔界は闇の世界だ。祝福された太陽の光は届かない。光がなければ作物は育たないだろう? そしてこの硬い大地……そこには鋤が通らない。虫もいない。誰も岩盤のような大地を耕そうなんて思わないでしょ。だから魔物は新たな居住を求め、人間世界に出てしまうんだ」
暴力的な手段もあっただろうから侵略とも言うようだけど、と魔王様は言って、長い息を吐く。
「……つまり、魔界で充分な環境が整えば……人間と関わりを持たずに暮らせるかもしれない……?」
「それが出来るなら苦労はないね」
「…………目指します。わたくし、それを」
「リリー……?」
王子が驚いた顔でわたくしを見る。
「できないなんて諦めない。それは、全て試しても駄目だったときに出すべき言葉です。夢物語であっても、少しずつでも。わたくしが魔界初の【魔導の娘】という特殊な存在であってもなくても、全ての可能性が絶たれるまで……道しるべとして進みます」
「……リリちゃんは本当に素晴らしい子だよ。でもね、錬金術を習得して、金目のものを手に入れただけで何が出来るんだい? 魔界は店もお金もないんだよ? すぐに物は増えない」
魔王様は無言で首を振り、王子も言葉もなくわたくしを見る。
「構いません。そんなもの後で良いのです。目標は……まず、作物が出来れば良いのです」
わたくしは恭しく礼をして、魔王様の居室から出る。
そう。わたくしはリリーティアであっても、正規のリリーティアお嬢様ではない。
彼女にできないことが……いいえ、思いつかなかったことができるはず。
原作知識しかないけれど、このリメイク世界で暮らす要……合成・アイテム関連知識というデータは消え去っておらず、わたくしの力となっている。
むしろ、原作知識だけでもこんなに助かっているわ。
ピュアラバというゲーム世界に目に見えない……ストーリーや修正させようとする力があるなら、わたくしは最悪またナレ死するかもしれない――それでも、絶対負けたくはありませんわ。
美味しいものを食べる権利も、綺麗な物を見て感動することも、他者を慈しむ心だってある。
魔族だって人間だって変わらないそれを持っているのに、
あの親子だけ、犠牲になんて……そんなクソシナリオ、ぶっ壊してやりますわ。
「絶対、魔界を……この手で豊かにしてやる……!」