【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/15話】


 ちょっとした空き地のような場所……そこに、木人形と木の的がいくつか並んでいた。これが、店主さんの言っていた練習場かな。


 無料で使える練習場だというのに、人はいない。

 気兼ねすることはないようなので、遠慮なくのびのび励むとしよう。

 構えや打ち方はさっき店主さんから聞いたから大丈夫だと思う。


 レト王子は少し離れた場所にある木人形の前に立ち、角度や部位を変えながら剣を当てている。

 剣の握り方はまだ手慣れていないな、というのがド素人のわたくしからも分かる……くらいには、ぎこちない。


 これから地道に練習を続けていき、いつか華麗に剣を振り、敵を滅するレト王子(必然的に相手は人間になってしまうのだろうか……)を想像すると、さぞかっこいいのだろうな……と妄想がはかどる。


 少なくとも、食用スライム確保に使って欲しくはない。全わたくしが涙する。


 そう、わたくしも彼の頑張りに負けぬよう、弓の腕を磨いておきたい。わたくしも矢を番えた。


 彼を支えるためにも、絶対に足手まといにはなりたくない……!


 的の真ん中を狙い……呼吸を整え、そんな想いを込めて……撃つ。

 空気を切る音を立てながら――放たれた矢は白黒の的ではなく、見当違いの場所に刺さる。


 つまり、外した。


「ま、まあ……最初はこんなものですわよね」

 コツを掴むには回数をこなす必要があるもの。成功したらそこから学ぶのよ。


 わたくしはレト王子の事も忘れて、一心不乱に矢を撃ちまくる。

 最初はあらぬ方向にすっ飛んでいく矢だったが、わたくしも慣れてきたのかだんだん一番端の円などに当たるようになってきた。

「ふふ……中心に当たるまでもうすぐです……楽しくなってきましたわ」

 今日が武器を握るのは初めて。

 初めてにしては、なかなかスジがいいのではないかしら。

 指貫を装備していても、手は大分痛くなってきた。あと数回やって終わろう。


 そう思いながら、矢を射る。


 すとん。


 いい音を立てて、矢は的の中心に刺さった。

「――! レ……レト! 今見てください! わたくしの矢が中心に当たりましたの! 見て!」

 手を振って王子を呼ぶと、彼はその場からわたくしの矢が刺さった的を見る。

「すごいじゃないか。頑張ったんだな!」

 とてもイイ笑顔で褒めてくれた。


 あ~レト王子ありがとう嬉しい……かわいい……。


 誰でも、褒められて嫌な気分になる奴はいないだろう。

 わたくしも嬉しい気持ちで、手も痛いし今日はこの辺にしようと弓矢を置いた。


「……ん?」


 誰かの視線を感じる。


 周囲を見渡すと、後方からわたくしのことをじっと見ている金髪の女の子と目が合った。

「……っ!」

 わたくしと視線がかち合うと、女の子は一歩、後ずさりする。

 怒られると感覚的に感じたのかもしれない。

「あ、大丈夫ですわ。見ていたことを怒ろうとしたわけではございませんの。ただ、誰かの視線を感じただけで……」

「……」

 彼女の顔色は悪く、服装も質素極まりない。

 全体的に薄汚れているので、あまりいい環境で育っているとは言えないものだ。

 レト王子と同じくらい貧しい生活を送っているのだろう……。


 というか、この子だっていくらなんでもスライムは食べまい。


 どっちが裕福だとか貧しいということは比較しちゃいけないけど、彼女よりも食べ物に困っていそうだったレト王子の極貧生活ぶりを考えて、また涙がこみ上げそうだ。


「……びっくりさせて……ごめんなさい……」

 蚊の鳴くような力のない細い声で、女の子は謝った。


 よく見れば、凄く可愛い女の子だ。

 ちゃんと着飾ったらどこかのご令嬢と紹介されても納得できそうなの。


「そんなこと、気にしておりません……それよりもあなた、わたくしが的を射るところをずっと見ていたのですか?」

「…………はい」

 女の子は返事をして頷く。


 えっ、あれを長い時間見ていてくれた子がいたんだ……!


「どうでした!? わたくし、今日初めてだったのです! さっきまで全然あたらなくて。でも頑張っていたら当てることがっ……なんて嬉しいのでしょう……!」

 おっと、興奮して早口で喋ってしまった。

 女の子は困ったように視線を逸らし、おめでとうございます、と祝ってくれる。

「ありがとうございます。連れ以外に祝福を頂けて幸運でしたわ」

 怖がらせないようにっこり女の子に微笑む。


 でも、彼女はわたくしを見ていないようなので、そっとその場を離れて矢を的から引き抜いた。

 枠外に刺さったものや落ちたものも回収する。

 このぶんでは、当分練習が必要になるわ。


 矢筒に矢を収納しながら戻ってくると、既に女の子はいなかった。

 レト王子がわたくしの弓を持ってくれていたので、きっと彼がそちらに来たとき、女の子は逃げていったのだろう。


「リリー。そろそろ合成屋に行こう。依頼品が出来てるんじゃないか?」

 そわそわした様子でレト王子がそう催促する。

 どうやら、わたくしより楽しみにしているみたいだ。

「なんだか嬉しそうですね」

「……そうだな、ここ数日のことだけど……全てが嬉しいし、楽しい」

 実感を込めて強く頷いたレト王子に、わたくしは胸がいっぱいになるような……充実とは違う、喜びみたいな、温かいものがこみ上げて思わず笑顔になった。


「まだまだいっぱい、そんなふうになります。きっと……同じくらい、眉に皺も寄るかもしれませんけれど」

「それでもいい。いいんだ……それが生きているという実感なら……」

 今まで出来なかったことが出来るから、ということだろう。

 その気持ちを大事にして欲しい。

 わたくしはレト王子に手を引かれながら、練習場を後にした。



 ハーシェルくんから虹色の粉を受け取り、今日最後の買い物……そう、食べ物を買いに市場に出た。


「さっき買った商品、全部は粉に合成しなかったんだな」

「ええ。残りはレトの練習用です」

 俺の、と言って目を見開くレト王子。

「……大きな声じゃ言えませんけれど、あっちで試したら何が起こるか分かりませんから。それも知っておきたくて」

『あっち』とは魔界で、ということだが、王子は意図をくみ取って頷く。


 何せ地上と魔界では、空気に含まれている魔力の量や質も違うそうだ。

 同じ材料でも、きっと違うものや高品質のものが出来ることもあるだろう。


「作って売却、合成して再合成……クックック……錬金術って最高ですわ……」

「悪い顔になってるぞ」

 王子がそう指摘し、練習したらお腹が空いたと言うので再び屋台を物色する。

 揚げパンにはちみつをかけたものに興味を持ったようなので、それを買い与えると、一口食べて……目を大きく見開いて動きを止めた。


「……なんだこれ……すごく、おいしい……!」

 んん~~~~スイーツに感動するレト王子、めちゃくちゃかわいいですぞ……。


 見れば、屋台のおねーさんもこの王子のお顔と仕草にキュンキュンしたらしく、顔を赤らめつつも笑みを浮かべているではないか。

 しかも、レト王子ったら笑顔で美味しそうに食べてくれるので、いっぱい買ってあげたくなる。

 このまま成長すれば、レト王子は女を骨抜きにする傾国の美男子になるだろう。

 しかし魔界は既に国として存在しているかどうかも危うい場所であった。

 彼のせいではないが、笑えない状態だ。


……しかし、食べ物ね。

 まだ魔界での保存方法が確立できないので、生ものを持って帰ることが出来ない。

「あ。氷の魔法とかが出来れば、水を凍らせることが出来るのでは……あーダメですわね……それをしまう場所がない……」

 DIY技術を磨く必要がある。

 壁の穴と城の修繕、整地、風呂場、キッチン、練習場……。

 もー本当にやることだらけで、わたくしは戦闘技能や魔術よりも、職人技術を学ぶ必要がある気さえしてきた。


 日持ちするドライフルーツやパン(王子の要望で、なるべくできたてが欲しいということで店舗を構えるところに入って焼きたてのパンを吟味した)と、いつでもつまめるクッキーの小袋いくつかなどを鞄に詰め込み、牛乳も今日の分を買った。

 川の水に瓶をつけておけば、明日の朝まで大丈夫かな。


 お金はちょっと減ったけれど、生活するだけなら充分な金額がある。

 あと数日すればハルさんに水を卸すから大丈夫だ。


 なんならクズ石と魔力水を合成して貰って宝石屋で売れば良い――と考えたが、それはやっぱりよろしくないと考え直して頭を振った。


 ピュアラバは交易で稼ぐとかそういうゲームではなかったけれど、こうして市場で売られている商品も、先日より値が下がったり上がったりしているものがあるのに気がついた。


……もしかするとモノが過剰に集まれば、物価が崩れてしまうことも考えられる。


 黒晶を販売用として過剰に量産して売りさばけば、たしかにその時はお金はいっぱい入ってくるだろう。

 けれど、その場合はしばらく――たぶん数ヶ月とか――待たないと次回から買取額が下がるかもしれない。それに、たくさんの宝石を持って歩くのは悪い人たちに目をつけられる。


「リリー?」

 難しい顔をしていたらしく、レト王子がそっと話しかけた。

「どうした?」

「ああ、ごめんなさい……ちょっと考え事を」

 やはり、ハルさんにお水を卸しながら、王子に錬金技術を磨いて貰うしかないか。

 ああ、ポーションとかを作ってもらえれば薬屋に売れるかも……。


「レト、錬金術……練習いっぱいしてくださいね」

「? わかった」


 意味もよく分からないまま、レト王子は頷くのだった。



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こめんと

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