【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/14話】


 転移で戻ってきてすぐ、魔界の赤い水(これ自体が高濃度の魔力水)で、綿埃や泥などで薄汚れた頂き物の……大事な大事な合成釜を洗う。

 すると、釜についていた汚れは綺麗に落ちて、艶やかな光沢が浮かんだ。


「……きっと持ち主に大事に使われていたんだ、この釜」

 レト王子が釜を乾いた布で丁寧に拭きながら、優しく目を細めて、顔を釜に近づける。

「なんだかすがすがしい良い匂いがする。いろいろ調合されたのだろうな」

「あ、仰ること、なんとなくわかります。ずっとしまわれていたようでしたが、ヒビも入っておりませんし、釜から安心感というのかしら……そういったものを感じますわね!」

 うまく口に出せないが、物も大事に長く使えば『つくもがみ』って妖怪が宿るともいうし、魂が込められたのかもしれない。

 こんなに良いモノをくださったオズさんのおじいさまに感謝を捧げよう。


 わたくしも、今日は疲れちゃったからゆっくり休もう……ああ、そうだ。

 今まで体を香油を入れた水で拭いていたけど、髪も砂だらけだしお風呂入りたいな。

 聞くのを忘れていた。

「王子。魔界ってお風呂はございますか?」

「風呂? ないな。適当に水で体を拭いているだけだが」

「えっ……それは嫌ですわね……じゃあ、髪も?」

「そうだ。水で流して拭いて終わりだ」


……不憫が過ぎる。

 絶対これ魔王様も入浴嫌いでしょ。


 衛生環境の改善は大事だ。

 お風呂も(自分のために)絶対に作ろうと心に決めた。

「ところでリリー……この釜は、俺の部屋に置いても良いか? 調合の道具も少し貰って……練習したい」

「構いません。早く試したくて仕方がないのですね?」

 そう聞くと、レト王子は頷いた。

 意欲的で大変嬉しいし、はにかむお顔が可愛い。

 了承すると、レト王子は鞄に再び釜をしまって足早に部屋へ戻っていく。

 そういえば、あの鞄に物を入れると重みを感じないのだが、あの鞄の中身はどうなっているのだろう……。


 それから夜更けまで、レト王子の部屋からキラリンという音とボフッという失敗効果音が度々聞こえて、本当に励んでいるのだなあと思いながら――ゆっくり眠りについた。




 翌日、わたくしとレト王子は朝食後にラズールへ赴いた。

 商業都市というだけあって、毎日様々な物がこの街に届く。

 市場を見るのは後にして、まずレト王子とわたくしの武器と防具を探しに商店に行ってみた。

 武器防具の品揃えは王都に及ばないものの、わたくしたちにはどのみち初心者用の武器以外は扱えない。


 ピュアラバには武器に熟練度適正レベルのようなものがあり、それを超えないと装備できない。身の丈に合った武器、といえば聞こえは良い。

 なので、我々は丈夫な木で出来た弓だとか鉄の剣のスタートになる。

 魔法のレベルは初級じゃなさそうなレト王子も、剣を持つのは初めてとのことなので鉄の剣を手に取って、カウンターの後ろに並べてある高級武器を物珍しそうに見つめていた。


 まだ装備できないが、ああいう良い品物を買おうとすると、やはり今の財布事情では心許ない。

 でもこのまま金策が順調にいき、贅沢さえしなければ、お金は貯まる。

 そうしたらいつか、レト王子には伝説級の武器でも持って頂きたい。

「このように質素な武器でも、使いこなすには時間が掛かるのだろうな……」

「ええ。わたくしたちは戦闘経験がないので、装備できるものも初級のものしか装備できませんし。まず一歩ずつです」

 わたくしは後方から射ることができる弓でも……と思ったのだが、無印ではリリーティアお嬢様は杖を装備していた。

 パーティメンバーにはならなかったけど『わたくしは杖で魔法を上げる』と言っていたのだ。

 だから杖なんだなと思っただけで、実際はよく知らない。

 やっぱり杖で魔法支援となっても、弓で攻撃にしても、たくさん練習を積まないといけない。


「レトには剣が良いと思います」

「えっ? 俺の武器は決定なのか……?」

「え、いや、つい剣かと思っていただけで……杖とかがよろしいなら……」

「……剣の腕だけでリリーを守れるならそれも良いが、いろいろ試したい……自分は何が得意かも分からないし」


 いつも一生懸命だなあ……。


 これがリメイク正規の流れかどうかは分からないけど、レト王子と出会えて、手を取り合って問題に立ち向かうリリーティアお嬢様は、ダークサイドのヒロイン昇格っぽくて本当に良かったと思う。

……いや、わからないぞ。実はアリアンヌにボッコボコにされる可能性もある。


 アリアンヌと出会おうがどうであろうが、魔王様とレト王子を養っていくわたくしには、いかなることにも手を抜いている暇なんかない。


 どうしようか悩んでも決まらないので、ヒゲの店主さんを交えて武器について話し合いつつ、手で握ったときに違和感がなければだいたいその人に合っていると思われる、らしいことを聞いた。


 天賦の才があれば別だが、一度に二つ三つ別の武器に手を出すなら最初は思いきって一本に絞り、熟練度を上げておく方が良い。

 だんだんと自信もついてくるし、上達も早くなる。

 適性は努力でカバーすれば良いという根性論だ。

 だが、実際『これだ』という長所があるほうが助かることも多い……というのも理解できる。


 悩んだ末、わたくしは弓を、王子は剣を装備することにした。


「練習、たくさんしましょうね」

「そうだな」

 あ、でも……室内は弓を射るほど広くない。

 魔界では風も強いから、弓の練習は難しいかな。

 練習場のようなものがあれば良いんだけど。


「嬢ちゃん、弓の練習するなら街の外れにあるぞ」

「あらっ。それは嬉しい! 早速そちらに行きましょう」

 練習場はラズールにもあったのか、新しくできたのかは不明だ。

 店主さんは親切に道を教えてくれた。

 わたくしは練習場に行くため、いそいそと準備をすると……レト王子が待てと袖を引いた。

「リリー、俺も行きたいところがある」

「あら。どちらに?」

 その質問を適当にはぐらかし、レト王子がわたくしについてきてと言うので、共に店を出ると……実は宝石屋に行きたいと答えた。


「……昨日、練習したんだ。そのへんの石と魔力水を混ぜた」

「えっ。すごい……! そ、それでどんな……?」

 もしかして黒晶が出来たり……? それを無言で尋ねると、彼は首を横に振る。

「あの魔術屋の女のようにはいかなかった。輝きの原石とかいう合成用の石じゃない。魔界の石を材料に使った。そうしたら、赤い石が出来た」

「赤い石……昨日エリクがもっていたような攻撃用のものではなく?」

「もっと艶やかで無機質なものだった……そうだ、見てくれ」


 王子はわたくしを連れて路地に入ると、鞄から掌に収まる宝石を取り出して見せた。

 確かに赤くて艶がある。

 エリクが持っていたものとは違う……でも、ゲームで見たことがあるものだ。


「……中に、きらきらした粒がありますわね……これ」

宝石の中に閉じ込められているラメっぽいキラキラしたもの。


――そうだ。思い出した!


「レト、これは火の属性石というものでは? 宝石屋ではなく合成材料になるので、ハルさんか合成屋さんに持ち込むものです」

「やはり、そう……なのか……残念だ」

 やはりということは、ある程度図鑑か何かで照合したんだ。

 知ろうという姿勢が強くて、そのうちわたくし教えることがなくなりますわね。

「なにもそんなに残念がることはありません。これは合成でとっても大事なものです。作れるということが分かれば、バンバンいろんな材料で試しましょう」

 材料さえ揃えば、属性の力で強化した合成武器なども作ることが出来る。


「そうか。じゃあ、これは取っておこう」

 再び鞄にしまい込もうとするので、幾つ持っているのかを聞く。

「3つある」

 昨日あんなにキラキラ鳴っていたのに、他に何を作っていたんだろう。

 あ、よくある合成したものと別のアイテムを混ぜて、失敗し(ボフらせ)てたのかな。

「では、この石1つを売却して……他のアイテムを買い足しましょう」

 なんなら、属性石と他のアイテムで別の物を作っておいてもいい。

 わたくしたちはその足で合成屋さんに向かう。


「いらっしゃいませ!」


 合成屋さんの店主はまだ若い男の人だ。

 無印版と同じようなへにゃっとした柔らかい顔つきなので、多分この人がハーシェルくんで間違いないと思う。

「どのようなご用ですか?」

「まず売却を……これなのですが」

 わたくしに促され、王子が火の属性石を置く。

「ああ、属性石ですね……ふむふむ……大きくて状態は良いですね。これなら1300ゴールドで引き取ります」


 おお、なかなか良い感じの値段で売れるようだ。


 しかし、分量は分からないけど魔界の石と魔界の赤い水で属性石か……。

 黒晶のほうがお金になるけど、実質タダで属性石が錬成できるのはすごい。


「では、売却でお願いします」

「はい! お先にお代をお渡しして……他には何かございますか?」

「あ。月光貝の貝殻とクズ石を10個ずつ購入して、5個ぶんを虹色の粉にしていただきたいのです」

 いけないいけない。魔王様のクエストもこなしておこう。

 ハーシェルくんは頷き、カウンターの後ろの棚から貝殻と石ころの入った箱をそれぞれ引っ張り出し、わたくしたちへ中身が見えるように箱を傾ける。

「この大きさの月光貝はあまり多く入荷しませんし、真珠層も綺麗で良質です。一個250ゴールドでお買い得ですよ」

 月光貝は、掌サイズよりやや小さめの貝だった。

 身は可食できるらしいが、ピュアラバにはお料理合成がなかったのでどんな中身かは不明だ。

 お料理合成が今回出来るとしても、魔界の水で調理したら一体どうなるか分かったものではない。

 ハーシェルくんから見せて貰った月光貝は、貝殻の表面を削っているらしく、真珠層という虹色のつやつやした部分を露出させられている。

「なるほど、これと石を混ぜて粉を作るのか……」

 レト王子は興味深く眺めている。


 ちなみに良質の素材を使うと、売却額が上がったり、何らかの良い効果が付随したりするからオトクなのだ。


「ええ、おすすめのそれをいただきます」

「この半分の個数を虹色に合成ですね。では……月光貝10個で2500ゴールド、クズ石が10個で100ゴールド、合成手数料100ゴールド込みで……全部で2700ゴールドいただきます」


 先ほど受け取ったお金をそのまま戻し、差額分を足して支払う。


 ハーシェルくんはお金を回収しながら『ありがとうございます』と微笑み、買った商品を紙袋に入れてわたくしに手渡すと、調合に使う材料をザルに入れた。


「それでは粉を作成しますので二時間後、またこちらにいらしてください」

「……えっ、すぐ出来るわけじゃなかったんですね……」

「あはは……貝殻と石をすりつぶすので、すぐは難しいです……すみません。二時間でちゃんと終わらせますので!」

 ゲームだとすりつぶすのも一瞬だったので、このへんはリアル手際を考えると仕方がないかもしれない。


 それにハーシェルくんはゴリラキャラではない。


 ゴボウのレト王子よりは肉もついた……にんじんくらい?

 だから、石も貝殻も握力で粉砕ではなく、木槌で叩いて細かくした後に乳鉢で丁寧なすりつぶし作業をしてくれるのだ。

 それに、焦ることはない。まだ練習もしてないし、買い物もある。

 練習して一休みすれば、きっと丁度良い頃になるだろう。



 わたくしは合成屋から出るとレト王子と練習場へ向かう。

「リリーは随分張り切っているな。嬉しそうなのも伝わってくる」

 レト王子にそう指摘され、わたくしは恥ずかしさに頬を押さえる。

「あ、あら……お分かりでしたか」

「誰が見ても分かるんじゃないか……? でも、実は俺も楽しみなんだ」

 彼も少し微笑んで、皮鞘の上から腰に佩いた鉄の剣に触れた。

「互いに今日も張り切りすぎないようにしましょう? わたくし達はまだ始めたばっかりなのですからね」

「うん」


 時々王子が、うんって返事するのがとても可愛い。

 可愛いって言ったら、きっと嫌がられるんだろうから言わないけど。



前へ / Mainに戻る /  次へ


こめんと

チェックボタンだけでも送信できます~
コメント