【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/11話】


「薬を作りたいっていうけど……ポーションとか作ったり出来ます?」

「そ、そういうのはわかりませんわ……つくったこと、ありませんの」

 ちょっと頭の悪い感じになってしまったが、ポーションの材料くらいは知っている。

 要するに、我々は釜の混ぜ方などを習いたいのだ。


「全くの初心者ですか……面倒ですね……」

「お願い致します、錬金釜の使い方から教えてくださいませ!」

 にこっと笑顔でエリクにお願いしてみたが、特に彼は何も言わない。

 初心者をバカにするように、大きな息を吐いた。


 超めんどくせ、という気持ちだけはビシビシ伝わってくる。

 お菓子でも持参するべきだったかしら……すっかり手土産を買い忘れました。


「俺は、初心者だが錬金術の初級本を読んだ程度の知識ならある。合成釜の使い方を知りたい」

 レト王子が、部屋の中央に置かれた合成釜に目を向ける。

 エリクもその視線を追って、釜を見た。

「ポーションの材料は、リザーの葉二枚と魔力水……と、普通の水がその二倍」

 レト王子の告げたレシピ内容はわたくしも知っている。

 魔力水の倍の容量を使う水は、その辺のどこでも入手は出来る。というか生活用水で充分なのだ。


「その通りです。ふむ……そちらの子よりは分かりそうですね」

 彼は頷くと、レト王子とわたくしを釜の近くに移動させて、引き出しから乾燥させたリザーの葉を取り出して釜に入れる。


 リザーの葉は都会でなければ大体原っぱに咲いている。

 だから、取れたての状態が良い葉を使用する……のだと思ってたけど、こうして乾燥ハーブにしておく方がいつでも使えるから良いみたいね。


 季節の移り変わりで枯れちゃう植物が、収穫できないときじゃなくとも使える、っていうのは大事だ。魔界で使うだろうから覚えておこう。


「ポーションは初歩にして、技量と素材によって効果も上下する奥の深いアイテムです」

 なるほど。中華料理でいうチャーハンみたいなものか。


 確かに鍋で合成するものね。うん。合成釜はチャーハン……じゃなくて中華鍋……。


 説明をしながら、エリクは水と魔力水を入れ、釜に火を入れると木の棒で中身をかき混ぜる。

「……分量対比は必ず守ってください。適当にやると失敗します」

「あら、合成屋では歌うけど……混ぜてる間に歌ったりしないのですか?」

「……呪文というか、歌いながらやる人は商売で……客を飽きさせないためじゃないの?」

「ふぅん……」

「あとは本人の趣味でしょう。わたしは歌わない」

 彼はブツブツ言いながらくるくると中身をかき混ぜる。


 結局なんか言ってるし。歌うか文句言うかの違いは、なんか絶対的に効果が変わりそうなんだが。

 関係なかったとしても、やっぱりなんとなく歌った方が気分的に良いかな。


「この混ぜるという工程が、とても大事です。速さや強さが変わらないよう、均一に混ぜます。材料を潰したり、異物が混入しないよう気をつけてください。材料一つで大変なことになったりしますから……虫が入って爆発することもあるんですよ」

 なにそれ。虫テロこわい。

 合成中は窓を閉め切ったり、髪の毛をピンで留めておくとかしないといけないわね。


「やってみて」

 エリクが木の棒をレト王子に差し出す。

 彼はおずおずと受け取って、ふつふつと泡が湧き上がってきた釜の中身をかき混ぜる。


「……すごい……どんどん泡立ってきたぞ」

「反応が起こっているのです。ああ、一定の速さで混ぜてください。速すぎると混ざりすぎて臭いが出ます。遅すぎると粘りが出て飲みづらくなる」

 へぇ……錬金術もいろいろ大変なんだなあ。

 レト王子が棒でかき混ぜること十分ほど。

 きらりん、と釜の中が光った。やっぱりわたくしの頭の中であの音が聞こえる。


「あっ……!」

 王子がはっとした顔でエリクを見る。彼も大きく頷いた。

「うん。できたようです……これを瓶に移します。熱いので気をつけて」

 封入したポーションを持って、くるくると中身を回すようにしながらエリクは薬の色を確認している。

「……へぇ。初心者にしては上出来です。丁寧に混ぜたり材料を良質なものに変えたりすれば、効果もアップできるでしょう」


「よかった……リリー、見てくれたか? 俺にも錬金術ができたぞ!」

「おめでとうございます、レトおぅ……」

 うっかり『王子』をつけそうになったのでぐっと飲み込む。

 おかげで変な感じの言い方になってしまった。


 自分で薬を作ったと嬉しそうな顔をする王子が可愛い。ほんと可愛い。



「あの、ひとつ伺って良いですか……」

 わたくしはエリクに質問する。そう、聞きたいことがあったのだ。

「なに……?」

「色のついたお水とか、泥が混ざったお水を、綺麗にしたいんですけど……錬金術って、そういうことも可能でしょうか?」

「色のついた水……無色にしたり浄水したいということですか」

「そうです!」

 すると、エリクはできますが、といって悩む。


「色のついた水は、濾過(ろか)蒸溜(じょうりゅう)という製法で透明な水になりますが……濾過は簡単だとしても、数回繰り返したりしないと色が薄く残る可能性があります。蒸溜は、透明になりますが時間が掛かりますよ」

 そっか。濾過とか蒸溜で良いんだ。成分的にも問題がなければどっちでもいい。


「ありがとうございます! 試してみますわ」

「……一応、釜でも成分を除去することも可能です」

「ええっ!? 錬金術って凄いのですね!」

「そうでしょ。偉大なる学問です」

 すると、エリクは嬉しそうに微笑む。


「あと。この釜って、どちらで買えばよろしいの?」

「……この村にも売っていますが、余所者には売らないと思います」


 そんな……。


 そこをなんとかとお願いしても、エリクは難しいですねと渋面を作る。

 釜を譲ってくれと言ったら凄い顔で睨まれた。残念だ。


「……とまあ、作り方は今教えたとおりです。マーズさんの義理は果たしました。もうわたしに用はないですよね」

 言葉通り、わたくしたちをさっさと追い出したいようだ。


「では、この村に宿はございませんか?」

「は? 宿……ですか。わたしの家の二軒先が宿ですが……」

「じゃあ数日借りましょう」

「えっ……人の話を聞いていましたか? もうポーションを作るという初歩は教えました。もうこれ以上は何も教えませんよ」

「それは、あなたにとって用事が無いだけでしょう。わたくしたちは釜を手に入れないと、錬金術を行使できませんのよ? 販売して頂くまで、なんとかお願い申し上げるしか……」


「薬品調合から派生したやり方もありますから、釜を使わない錬金術だってありますよ。鍋に入れる方が、材料も飛び散ることもなく都合が良かったから、ディルスターでは釜を使っているだけです」

「え、そうなんですか……じゃあ――」

「ただし。あなたもそう出来るかといえば、そうじゃないと思いますよ。鍋を使用した方が、どういうわけか一般的には調合しやすい」


 つまり、釜はよく分からない加護の力でもあるのだろうか。

 そう言うと、エリクは認めたくはありませんが、と苦い顔をする。

 錬金術は奥が深い。

 釜がなくても調合できるけど、そのぶん高い技術と資質を要求されるようだ。


 つまり結局の所、やっぱり釜が欲しいという所に戻ってくる。



 どうにか道具屋で釜の交渉でもしようかと思っていると、外が何やら騒がしい。


「あの声は……マーズさん、と……オズさんか?」

 ただならぬ感じだ。

 エリク共々外に出てみると、さっきの……マーズさん? と多分オズさんというおじさんが、狼が出たと騒いでいるようだった。


「羊がやられた! クソ狼どもめ!」

 羊たちを引っ張りながら、オズさんは日焼けした顔を真っ赤にして怒っている。


「あ、狼ですって、レト。すっかり忘れていましたわ」

 わたくしは、魔王様から狼の爪などを集めるよう言いつけられていたのだった。

「そうだな。だが、こんな人里近い場所に狼が出るのか……?」

「この周辺は、比較的穏やかな場所だったはずですが……最近魔狼の群れが出没するようになったのです。おかげで羊も何頭かやられてしまったと聞きました」

 わたくしたちが狼に動揺していると思ったのだろう。

 エリクがそう状況を教えてくれた。


 禍々しいとかそういう意味でも『魔』という言葉は使われるようだけど、魔狼はいわゆる魔界の……ただの狼である。人間界に出てきちゃったんだね。


 しかし、魔狼ではなくわたくしたちが必要としているのは普通の狼の爪なのだ。

 魔狼でも狼だからオッケーなのかしら……。いや、別物よね、確か。


「レト。一応ご参考までにお伺い致しますけど、魔狼も地上に出たのはご飯の問題なのかしら?」

 ひそひそとエリクに聞こえないようにレト王子に耳打ちすると、目を閉じて誠に遺憾であると言いたげに頷かれた。


 魔界の最重要課題は食糧難であった。

 それは王族の健康状態からして明らかである。


「ちょっと狼の元に行ってみましょう? 会話の疎通で、もしかすると撤退してもらえるのでは」

 民からの支持も得られず没落したようなものだとはいえ、レト王子は魔界の偉い人である。

 多少忖度(そんたく)してくれるかも分からない。

 レト王子は難しい顔をしたが、やってみようと頷いてくれた。


「エリクさん、お話とご指導ありがとうございました。わたくしたちはこれで一度失礼致します」

 丁寧に礼をすると、何言ってんだこいつら、という怪訝そうな顔でエリクはわたくし達を見て、どこに行くのですかと一応聞いてくれた。


「森に……」

「……今、狼が出たと聞いたばかりでは?」

「狼にちょっと会いに――」

「バカですか? 死にに行くようなものじゃないですか! やめておきなさい」

 まあ普通はそうなる。

 わたくしだって見知らぬ子供がそんなことを言い出したら、エリクみたいに一応止めると思う。


「ちょっと用があるんです。狼の爪を取ってこないと……」

「どういう理由でそんなモノが必要なのかは、わたしには関係がないのでどうでもいいとして。狼の爪なんて冒険者やハンターでもなければ、取る必要もないでしょう」

「あとフクロウの尾羽も必要なので……どのみち森に行くつもりです」

「……だからさぁ……今やること?」

 非常に嫌そうな顔でエリクは問いかける。


 そうよね。エリクの説得まるっとわたくしたちスルーしちゃってるもんね。


「ああ、わたくしたちについてこいとは申しませんのでお構いなく。それではごきげんよう」

 お上品に礼をして、レト王子の背中を押し、村の入り口に向かって歩き始める。



「いざとなったら、レトの魔法を期待していますわね!」

「新しく魔術書は読んだが、地上でどの程度出せるか分からないから期待するなよ」

 わたくしたちは剣術、というより物理攻撃はからっきしだ。


 だって、魔王の居城には武器になるものも何もない。

 全て過去の戦乙女とその仲間達が持って行ってしまったのだから……。



 武器、武器か……。ハルさんとの取り引きで貰ったお金もある。

 武器と防具は早急に整えよう。


 いくらなんでも護身用のものがないのはいただけない。


 今はレト王子の魔法の腕だけが頼りだ。



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こめんと

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