【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/10話】


 翌朝、わたくしとレト王子は魔王様に面会し、錬金術の村に行く旨を伝えた。


 昨日腹痛でダウンしていたレト王子の体調は回復し、今日は牛乳を飲んでも平気な顔をしている。

「娘さんやる気出ちゃったの~?」

「はい。絶対、魔王と王子の心身の健康を充実させます」

 えぇ~、と気の抜けた声で魔王は昨日買ってきたパンをモグモグと食べて、赤いお水で喉を潤している。


 赤い水だというのに、なんだかワインのようにも見えるな。


「……パンとかいうのはおいしいねえ。昨日初めて食べた」

「ありがとうございます……」

「幸せな味だねえ」

「そうなのです。俺も焼きたてを口にした瞬間、涙が零れそうになりました」

 レト王子が真顔で告げると、いいな、それ食べてみたいなと魔王様が仰った。


 いたわしい……いまだかつてこんなに悲しい魔王家族がいただろうか……。


 絶対石窯作りますね……! おいしいパンを皆で食べましょうね!

 作りたてで蒸気をホカホカさせてるパンに、バターとか蜂蜜をどっさりつけて食べて……幸せな気持ちになって欲しい。

 ああ、考えるだけでわたくし嬉しい。絶対現実にしてやるわ。


「それで、娘ちゃん」

「あっ、はい! リリーティアと申します」

「ふむ。リリちゃんでいいかな」

「……はい」

 力弱い笑みを浮かべる魔王様。

 実年齢は不明だけど、外見年齢は30代後半くらい。


 レト王子のお父様だけあって、かなりイケメンなのだ。

 このヒョロッと痩せた体型と、程よくしみったれた没落感が、余計ダメ男感を演出させている。


「リリちゃん……ありがとうね」

「お前のおかげで、父上もお喜びだ。俺からも礼を言う」


 うぐぐ、レト王子も魔王様も可愛い。

 わたくしがいないとこの親子は死んでしまうかもしれない。


 既に気分はダメ男を養う水商売の女みたいになってる……。



「ところでリリちゃん、ディルスターで何するの?」

「錬金術を扱うため、王子共々習ってみたいと思いますの。この魔界は……まだ調べていませんが、資源の山なのではないかと感じました。だけど、その資材を扱うための根本的な財力や環境、何より……生活物資が足りません……」

 だから手っ取り早く錬金術を覚えて、釜が欲しい。


 自分は文字を読み書きできないから、それが出来るレト王子の助力が必要だと告げると、魔王様はいろんな文字読みたいの? と聞いてくる。

「はい……」

「そうなんだ。まあそうだよねえ……あ、全然関係ないんだけど、狼の爪とフクロウの尾羽、虹色の粉を5個ずつ持ってきて。そしたらいいものあげる」


 急なクエストが下された。


 狼の爪とフクロウの尾羽はドロップアイテムだ。

 彼らは魔物じゃないから、自然の森ならどこにでもいるだろう。

 フクロウも狼も、倒さないといけない……ってだけで。


「……虹色の粉は、合成アイテムですわね……しかも5個……」

 月光貝の貝殻と、石材(このへんはなんでもいいっぽいので、こだわらなければ大抵クズ石とかになる)と、結局釜が必要になる。

 この虹色の粉は、材料も合成屋さんにあるので買ってから合成を頼めば完了。


「難しくないから頑張って。いってらっしゃい」

 ふもふもとパンを口に押し込みながら、その片手間に魔王様はわたくしたちを転送する。

 あ、そうだ。転移魔法のこと聞き忘れた。



 送られた先は、先ほど言っていたディルスター村。

 どうやら魔王様はこういうことも出来るようだ。

 それもそうか、王子に教えているのだものね。


 ディルスターの小高い丘で、見覚えのある風車がゆっくり回っていた。

「リリーティア……父上はお前にどういうことをさせたいのだろう……?」

「アイテム収集をしたご褒美が、わたくしに有意義なものであるという予測はつきましたが……正直、お考えはわたくしの埒外のことです」

 それで作れるアイテムもないはずだし、このクエストは多分リメイク版の新規クエストだろう。と勝手に思っておく。


「とにかく、ディルスター村へ参りましょう。レト王子、わたくしのことはリリーと呼んでください。偽名を使わないと今後厄介なので……」

 わたくしはレト王子から誘拐されたのだが、多分わたくしの家ではわたくしが自分の力で何かを行ったと思われているだろう。

 既に人を使って探しているかもしれないし――もしかすると、殺し屋を向けられているのかも。

 どっちであっても、わたくしが伯爵令嬢のリリーティアであると看破されてはいけないのだ、という説明をした。


「わかった。しかし、風貌はごまかせないな」

「わたくしすごく可愛いですからね……」

「……そうだな。自分の外見に自信があるのは良いこと、かな」

 レト王子はやんわりとわたくしの言葉に同意してくださる。

 何よ。リリーティアお嬢様めっちゃくちゃ可愛いじゃない。わたくしはこのお姿も守ろうって思ってるんですからね。

 将来超美人になるんだぞ。パッケージ見たもの。


 王子はそのままレトと名乗ることで良いと思う。そう言うと彼は頷く。

 ここまで来たのにほぼノープランだが、行き当たりばったりでやってみよう。

 ちょうど村の入り口付近で、野菜をカゴに入れて運ぼうとしていた若い男性に近づいて声を掛けた。


「すみません……あの、ここはディルスターの村……で、よろしいでしょうか」

 男性は怪訝そうにわたくしたちを睥睨し、そうだ、と頷いた。

「わたくしたちは小さな貧しい村から旅をしてきた者です。あの、錬金術師さんにお会いしたいんですけど……どの家を訪ねたら良いのでしょうか」

 適当なことを言ってしまった。どんな村だと言われたら地図に名前も載っていないような所と答えよう。


「失礼だけど、誰か宛の手紙とか……そういうのはあるのかい?」

「ございません」

「それじゃあ、多分気の毒だけど誰も雇ってくれないと思うよ。あんまり働き口を求めていないし、俺たちもほぼ自給自足でやってるからね」

 錬金術師はこの村の至る所にいるが、村の者は余所者との交流をあんまり好まない、ということか。これだから伝統を重んじる場所はガードが堅すぎて困る。

「お願いです……! どうか、簡単なことでも良いので教えてください!」

「そう言ってもねえ……」

 野菜を作っているお兄さんは、錬金術師じゃないんだろうか。

 オッケーと頷いてはくれない。


 うう……こうなっては仕方がない。この卑怯な手だけは使いたくなかった……。


「この子のお父さんが病気なのです! 痩せ細って働けないし、食べるものも困って……でも、うちはお金がないからお薬買えなくて……だから、せめて薬を作ったりできる技術が欲しいんです……!」

 わたくしは目元を袖口で覆いながら、レト王子の手を引き、男の人の前に差し出す。

「っ……そ、そう、なんです……」

 打ち合わせも何もない状態なのに、ハルさんの時と同様に状況が読めたレト王子はオロオロしながらも、こくこくと頷いた。


「……確かに、この子も痩せ細っているね……そうか、可哀想に……」

 おお……この王子の病弱っぽさが分かりますか。

 年頃の男の子なのに、ご飯満足に食べてないからゴボウみたいでしょう?


「……よし、わかった。承諾してもらえるかは分からないけど、一番若い錬金術師を紹介するよ。研究ばっかりしてるヤツでね。この子みたいにヒョロっとしてるんだ。あいつもちゃんと食ってるのかなあ……」

 ついておいで、と男の人がわたくしたちを促す。

 人の良心につけ込んだ結果、なんかゴボウ体型繋がりで紹介してもらえるっぽいけど……泣き落とし作戦は成功した。


 ほどなくして一軒の家に到着し、男の人が扉を叩く。

「エリク? いるかー?」

 ややあって、扉が開く。

 するとそこには男の人が立っていた。


 焦げ茶色の髪。同色の目。少年と青年の間くらいの……わたくしたちよりは年上だろう。

 あ。この人、多分新キャラ。錬金術師だったんだ。

 確かにお兄さんが言っているようにゴボウ体型だ。

 レト王子よりは血色も良い。ふん、きちんと食ってるな。感心感心。


「この子供達が、錬金術師を探してるって言うんだ。簡単なものだけでも教えてくれって」

 親の薬を作りたいんだってさ、と教えると、エリクという男の子は面倒くさいですね、と呟く。

 本音ズバッと言っちゃうツンツンタイプか。

「わたしに親はいませんから、この子達の親を思う気持ちは分かりませんね」

「まぁ……そう言うなよ」

 ちょっと教えて帰せば良いからと、犬か何かみたいにわたくしたちをぞんざいに紹介し、男の人は再び戻っていく。

 その背中にありがとうと何度も礼を告げると、お兄さんは軽く手を振った。

 厄介者を残されたといった感じで、エリクは顎でわたくしたちに入れとしゃくった。



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こめんと

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