【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/9話】


 ハルさんに笑顔で送り出されたわたくしたちは、再びラズールの街を歩く。


 彼女に譲り渡した23本分の金額で、お財布兼アイテムを100個収納できるマジカルな鞄をふたつと、初級から上級までの魔術書15冊、錬金術の初級本、属性石とポーション各種を買い込み、商品代金を差し引いて支払われた金額は30万ゴールド程になってしまった。


 それでもすごい大金を持っている事に変わりはない。


 5万ゴールドぶんを銀貨と銅貨のほうで揃えて貰い、礼を言って店を出る。


 持ち運びや大きな買い物をするなら金貨で充分だけど、細かいお金があったほうが、細々した買い物は楽になる。


 大変有意義な取引だったので、わたくしはほくほく顔で市場の品を物色することにした。

 食料品や日用品もいくつか欲しいからね。


「しかし、凄いなお前は……あれが商売というものだったのか……」

 魔界にはそういうものはないから、と提げている鞄を見ながらレト王子がしみじみ言った。


「実は、あんなにうまくいくとは思っていませんでした……彼女が魔術の研究者で良かったという面が大きいですわね」

「そうか。うん、そうなのかもしれない……気になるものがあれば、欲しくなるからな……おい、店主。それは何だ?」


 レト王子は見るものが初めてのものばかりなのか、いろいろな商品を指してはこれは何、あれは何と商人に質問している。


 味見として渡された食べ物を怖々口に運び、口に入れた瞬間目をカッと見開く様子がとても可愛くて、ついいろいろ買い与えてしまった。


「……人間の食べ物は、スライムよりずっとおいしい……これ凄くおいしいな」

 あれほど試食したのに、先ほど熱心に見つめていた牛肉の串焼きをハフハフ言いながら食べるので、目に熱いものがこみ上げてきた。


「……もう、これからは食事に困ることはないように頑張りましょう」

「……ありがとう、リリーティア……お前のおかげだ……」

 レト王子の顔にわたくしへの尊敬と感謝が見えた。

 ほっぺたにソースついてますよ。


「いいえ、これからです。わたくしはあなたがた親子を頑張って血色の良い顔つきに仕立て上げます」

「う、ん……?」


 意気込んでわたくしは食材や調理器具を買い込み――帰るために路地裏にレト王子を引っ張り込むと、周囲を警戒しつつ、誰もいないことを確認して転移魔法で魔界に戻ったのだった。



 わたくしはラズールで買ってきた本を机の上に置き、レト王子は床の上にフライパンなどの調理器具を置いていく。

 部屋の床だった場所はあっという間に物資で覆い尽くされ、わたくしとレト王子はこの壮観さに頬を緩ませる。


「これが魔術書……。すごいな」

「やっとご飯が食べられますね……」

 二人は思い思いの感想を述べ、わたくしはパンと、瓶になみなみ入った牛乳、そして蜂蜜の瓶を手に取る。バターはまた今度だ。


 食器も綺麗なものを取り急ぎ買ってきたので、綺麗な布で軽く拭いてレト王子の前に出す。


 差し出された皿に気付かぬくらいレト王子は魔術書に夢中で、時折空中に文字を書くようにしながら書籍を読……――ページを最後までパラパラ送っていき、閉じると次の本を同じようにパラパラめくる。


「装丁の確認ですの?」

「いや。きちんと読んでいるが……」


 いわゆる速読というヤツだろうか。


 すごい。わたくしなんてこの世界の文字も読めないのに、魔族の王子は文字が解読できるなんて……。


「錬金術の本も買いましたけど、分かりそうですか?」

「なんとなくわかる。あの店の女が使っていたような釜がないから実践できない」


 ああ、合成釜のことか。

 あれがもし手元にあれば、すんごい便利なんだけどな……。

 確か、錬金術師の隠れ村もあったような……。


「どこだったっけ……」


 わたくしは食べかけのパンを置いて、鞄からフォールズ王国内の地図を引っ張り出す。

 ゲームのおかげで大体の位置が分かるにしても、字が読めないの本当に困る……。


「あ、ここです。レト王子、なんて書いてあるか読めます?」

 わたくしが指し示す地名らしきものを、王子はすぐに『ディルスター』と教えてくれた。そうそう、ディルスターだ。



「ここ、確か錬金術師たちが暮らしているのです……親切な方から釜の技術を数日教えてもらえないかしら……ついでに、小さくても大きくても釜が買えるとなお良いのですが」

「それはすごくいいな……」

 レト王子も同意しながらコップに注いだ牛乳を一口飲む。


「……美味しい」


 動きを止めて牛乳に感動している。そうか、あの赤い水しか飲んでないのね。

「牛乳は栄養もたくさん入ってますから、たくさん飲んでくださいね」

「父上にも後で食事を持っていきたい」

「ええ。ぜひそう致しましょう。きっとお喜びになります」




 食事を終え、レト王子が食事を持って魔王の居室に向かったのだが――戻ってきた彼の手にはほとんどの料理が手つかずで残っていた。


「あら……召し上がって頂けませんでしたか」

「スライムばかりの食事だったから、急にこんなものをたくさん食べたら大変なことになるからと……パンだけ召し上がった。気持ちはありがたく受け取ると言ってくれたぞ。ああ、この野菜とかいうのも味わいがまた違って良いな……」

 レト王子はそう言って、魔王様にあげたはずの食べ物を自分の腹に詰め込み始めた。

 育ち盛りだからよく食べるんだろう、と思って気にしないでいたけど――食べ終えてしばらくすると、レト王子の様子がおかしい。


 お腹を押さえてうずくまっていた。


「大丈夫ですか?」

 すると、レト王子は青い顔(元々栄養不足で青いと思われる)をして首を振った。

「……すまない、すこし席を外す」

「どうぞ」

 レト王子は気持ち急ぎ足で部屋を出て、しばらく戻ってこなかった。


「……もしかしてお腹壊したのでは……」

 牛乳はお腹ゴロゴロする人もいるだろう。


 それにラズールにいた時から結構食べていた。お腹痛すぎてその辺で倒れているのかもしれない。



 どうしたのかなと思っていたら、レト王子は先ほどより体調を持ち直したようだが、ふらふらとした足取りで部屋に戻ってきた。

「父上の仰っていたことが分かった……。慣れぬものを一気に食べると、腹を下す……」

「人間も魔族も、そういう所は同じなのかしら。急な贅沢をするとお腹がびっくりするんですのね」

 わたくしはなるほどと理解し、薬箱セットから腹下し用の薬をお渡しした。



 レト王子が腹痛で倒れたのでそのままゆっくりするよう寝かせ、今日までのことをまとめるために新しく購入した筆記用具を取り出す。

 誰かにこの重要な内容を記したノートを見られたとしても、日本語で書かれるものだから多分誰も読めないはずだ。




 無印版とは違い、既にこの世界にはずっと昔から魔族とのいざこざが存在し、主に地上にいる魔物が人間と敵対している様子。

 やられっぱなしの王族に愛想を尽かして&生きるために地上に出てきたものだろうと推測。


 魔王軍は現在二人。わたくしを入れると三人。

 魔王親子の戦力は不明だが、恐らく――強くない。

 覚醒したアリアンヌがやってきたら終わりだ。

 為す術無くやられてしまうだろう。わたくしも。


 魔界は魔力の層に覆われており、人間界と比べてどういうわけか魔力が豊富。

 水も空気も石の中にも、魔力が備わっていると思われる。

 四大精霊の力の一部が強く働いているのだろうか? 環境要調査。


 ラズールの街マップは、無印の頃から大きく変わっていない。

 ハルさんと魔力の水を売買契約。週一回、中日に売りに行く。


 合成素材やアイテム、食材全てに物価調整が入っている様子。

 基本的な金額実感がまだよくわからない。

 金貨・銀貨・銅貨……というように貨幣が分かれており、アイテムショップなどは○○ゴールドという価格で出しているようだが、市場など多くの人間が出入りするところでは『銅貨○枚』というように、枚数で表記されているので実感が湧かない、という感じだろうか。


 アイテムや本などはそれなりに高級品だから値が張るけれど、食べ物など生活必需品の物価はとても安く、銅貨が300枚もあればこうしてたくさんの食品を手に入れ、まだ余裕すらある程度に買い物が出来る。


 もしかしたら、わたくしたちはとんでもないものを売買して、莫大な金銭を手に入れたのでは?


 しばらくはお水を売った利益で、どうやりくりするかになるが……手広く出来ない商売であることは変わりない。



……と、ここまで出来事を羅列し、問題点や改善点を考える。

 まず、取引する魔力水。これは早急に解決すべき問題がある。

 内容量の設定、そして――色だ。これは目立つ。


 手頃な瓶を雑貨屋で数十本買ってきたが、内容量を決めておかないと、あとで『この間はもう少し入っていた』なんて事になっては大変だ。

 簡単なのは水汲の容器を設定し、すりきり一杯を漏斗(ろうと)でビンに流し入れていく方法だ。溢したらやり直せば問題ない。


 ビンも、できれば自分たちで丁度良い大きさのものを手に入れたい。

 ポーションの薬ビンなんかも雑貨屋で売ってはいるけれど、高級商品の付加価値として綺麗なビンが欲しい。


 真っ赤な水というのがどうにも不吉で良くない。

 それに、もし魔界をよく知るものや記録が存在していたとすると――魔界と繋がっていることがそこからばれてしまう事にもなりかねない。


 まさか魔王には生産力も財力も部下もなく、ということが人間達に知られたら、あっという間に魔界との境を越えられて攻め滅ぼされるかもしれない。


 最終決戦前にようやくアリアンヌが戦乙女として真に覚醒し、魔王の結界(魔界→地上の一方通行は可能で逆は不可である)を無効化するのだ。



 あ、そういえばなんでレト王子はその結界を越えて転移できているのだろう。

 オプションでくっついてるわたくしも……。

 ここは魔王様やレト王子に伺うことにしましょう。


 ああ、そうよお水。

 せめて水の色を無色にすることができれば……相当イケるのに。


 あとは、この城普通にありとあらゆる物資が不足している。

 冷蔵庫的なものもないしキッチンもない。

 リネン系もない。外は岩石と砂ばっかり。

 あとスライム。アレ何食べて生きてるのかしら。


 ハルさんのところで水を買い取ってもらえたらお金は手に入る。

 それで少しずつ買い足せば良いけど、魔界のためにはならない。

 だって、外部からの商品ばかりでは国内改善できないのだ。


 王子達を見て分かるとおり、もし魔界に魔族が残っているなら……多分彼らも相当飢えている。

 生きる気力とか、国内の自給率を向上させないと……。


 そこでペンを止め、わたくしはこめかみをぐりぐり押しながら、ゲームであってゲームではないという実感を強めた。

 ピュアラバがこうだったから、だけでは駄目だ。



 これは、内政だ……。

 アイドルが村づくりとかなんでもやる番組とか、そういう流れになっている。



 このリメイク版が既に無印とは別ゲーだから今更感凄いけど、男のケツを追っかけているゲームではなくなっている。

 というか追っかけるケツは魔王様かレト王子しかいないし、今はそれどころじゃない。

 村づくりなら人材と交易相手が必要になる。

 しかし、魔界にはそんな相手がいるのか不明だし、王家がやる気になっているのを見てもらって、今度は違うのだと下々の者を安心させないと始まらない。


 まず周辺の基礎安定化を図るべきだ。つまり魔王城の修繕と周辺地域の開拓。

「……やはり、錬金術……必要ですわ……」

 わたくしはノートを閉じ、先ほど示したディルスターに行くことを決意した。



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こめんと

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