「…………黒晶……?」
「マ……!?」
ハルさんの呟きに、わたくしは思わずマジですかと叫びそうになったのを慌てて抑えた。
黒晶とは闇の力を蓄えた宝石で、魔法鉱石合成でも使うレアアイテムだ。
売るとかなり高い。ゲーム中盤、鉱石集めイベントでオーレス山が解放されるので、行けるようになるとたまーに見つかる。
そこからまた金策合成(プレイヤー達がつけたお金稼ぎ合成をそう呼ぶ)をしてもいいのだが、黒晶一つでも2万ゴールドくらいになるのでバカに出来ないんだ。それが……今、目の前で出来てしまったのですよ。
黒曜石のような……真っ黒で艶のある石が。
序盤にこんな裏技めいた事が出来ては、すぐにバージョン修正が飛んできそうなモノだ。
わたくしは動揺を抑え、カウンターに片手をつくと、いかがですと余裕ぶって聞いた。
実際はそんな余裕なんてない。
できることならレト王子の手を取って喜びのダンスをしたい気分だ。
「……フフ、驚いたでしょう? ですが効果はご理解頂けたと思います。これほどの濃度の水、そうそうございませんわ。これをあなたに23本お売りしたいのです」
本数を聞いて、レト王子とハルさんはそれぞれ別の表情を浮かべながらわたくしの顔を見た。
レト王子は、1本足りないけど、よく分からないからこいつに任せておこうという顔。
1本はお試し用に使ったから間違っていない。
ハルさんは、純粋にこの魔力水に興味を持った。
だから出来ることなら仕入れたり、研究したいと思ったのだろう。
商売人と研究者の間で悩んでいるような顔をしている。
さて。わたくしはまだ(見た目は)子供。
こんな商品をどこから入手したのか、また商人として犯罪に関わる品ではないか、ハルさん的には気にしていることだろう。
そして無印版とは値段が異なっている可能性が充分考えられる。
商売については子供ということだけで足下を見られるかもしれないから、気を引き締めないと。
「このお水、産地と抽出方法は教えるわけにいきません。彼の一族秘伝なので」
わたくしはちらりとレト王子を見る。
わたくしとハルさんから見つめられ、彼は困ったように……しかし重要な状況だと分かっているのか、小さく頷く。
「製法は企業秘密ですが、天に誓って悪事に手を染めた品ではないことを申し上げます」
「……全面的にその言葉を信頼してよろしいのでしたら、心底ほっとします」
ハルさんは言葉通り胸をなで下ろす。
よかった。子供の話と思わず、きちんと聞いてくれる人のようだ。
「それで、このお水。いっぱいは作れませんが……このお店でいくつか買い取っていただけませんか? きっと多大な価値を引き出せると思うのです」
「それは……実際にこれを作ったのはわたしです。一応全部の瓶を触りましたが、水の魔力にばらつきはなさそうです」
凄いことですよ、と興奮して熱のこもった口調でハルさんは水を褒めちぎる。
「これが本当に秘術によって生み出された代物なら……革命と言ってもいい。売って頂けるなんて、すごくありがたい申し出です。むしろ、こちらこそ売って頂きた……あ、ごめんなさい! ちょっと失礼します」
ハルさんは再びカウンターから出て来ると、わたくしたちの横を小走りに通り過ぎて入り口に向かう。
扉を開け、営業中と書かれているであろう札をひっくり返し、戻ってきた。
「商談なので、他のお客さん入ってこないようにしました」
再びカウンターに戻ると、早速続きを、と身を乗り出して商談の姿勢を取る。ありがとうハルさん。あなたはとても良い人ですね……!
しかし、粘っていくのはここからだ。
なにせゲームってぶっちゃけてしまえばプログラムの羅列だ。
決まった合成物以外で作ろうとすれば、アイテムなんて失敗判定。
――そう、魔力水と輝きの石から黒晶なんか、ピュアラバでは絶対に絶対に作れないのだ。
しかし、ここはそのゲーム世界だとしても、今のわたくしにとっては現実世界。
そして実際に魔力水から出来たのだから。
ハルさんが作ったものを見た感じ、黒晶の完成品質は悪くない。
だから多分――条件次第で他のアイテムも錬成できる。
ただ、今までの合成結果と異なるなら、自分でリスト化しないと分からなくなりそう。
交渉の金額だけど、まず……レト王子の転送術(転送呪文自体は上級魔法のはずなんだ……)と、魔界の水。
水は実質湧き水だからタダみたいなものだけど、ビン代として100ゴールドくらい貰っとこう。
王子の術の費用がわからないから……うーん……魔力とか使うだろうから、材料費に400ゴールドくらい上乗せしておく。
そうすると原価が500ゴールドか。
1本単価で考えると安いかもしれないけど、複数本まとめて持って行けるから、実質かなりボッてるといっていい。
「店主さん。通常の魔力水、このお店でいくらの買い取りでしたっけ……?」
文字が読めないし、無印版と値段が違っていては困る。
知っていますよという顔で、ハルさんに聞いてみた。
「あのっ、魔力水は一本……このビンの半分くらいの量ですけど1000ゴールドです」
「…………」
わたくしはそこで目を閉じた。
眠いんじゃなく、感情とかを相手に悟られないためだ。
だって――値段、無印版より下がってるんだもの。
わたくしが知ってる魔力水、売却金額1本あたり1200ゴールドだったのよ。
フツーのアイテム売ると、12ゴールドとか50ゴールドとかなので、レアアイテムでもない魔力水が1200ゴールドという値段は相当高いとお分かり頂けるだろう。
……全体的に、アイテムの価格や入手確率の見直しが行われたのかもしれない。
となると、少なくとも……ハルさんに1500ゴールド以上の価格で実質タダの水を売りつけなければいけない。
容量が倍というなら、1本3000ゴールド。かなりの高額だ。
さて。気をしっかり持つのよ、リリーティア。
「……店主さん。あなたはこの水を……容量も倍入っている、高濃度の魔力水を……いくらで買ってくださいますか?」
必死の形相ではなく、あくまで自分が優位に立っているように見せなくては。
わたくしはうっすらと微笑みながら、ハルさんの眼を見つめた。
最低でも3000ゴールド。それ以下なら長期戦になるか、別の店でトライだ。
ハルさんはわたくしとレト王子、赤い水、そして黒晶を順に見て、黙考する。
その間、わたくしの心臓はバクバクなのだが。
ややあって、ハルさんが意を決して口を開いた。
「――では、一本……3万ゴールドで」
そのとき、わたくしは自分がとても怒っているように見えたと後でハルさんは語っていた。
実際、聞き間違いだと思ったのだ。ゼロが一個増えてるんだもの。
「さんまん……?」
「は、はい……あの、3万1000でも……」
「査定の理由をお伺いしても?」
「はっ……はいぃ……」
ハルさんはおどおどとしながら、理由を話す。
「わたしも子供の頃からこのお店を手伝ってきました。合成も慣れています。だから言いますが、合成結果があり得ません。魔力水を超えています。別物と考えて良いかと思いました」
なるほど……魔力水ではないといわれたら確かにそうだ。
「黒晶ができるなら、最低でも買い取り金額は黒晶に比べてやや低め程度でなければいけないと思います……いえ、この水を使った合成の最下位が黒晶……という可能性も否定できないから、と言い換えても良いです」
なるほど。黒晶の額はリメイクで上がっているわけか。良いこと聞けた。
そうなると、これはちょっといろいろと物価を調べる必要があるわね。
買い取り金額に不満はない……3万1000ゴールドかける23本かつ、その原価を引くから、約70万ゴールドは今の状態ならとんでもない価格だ。
100本売れば700万だ。すごい……お水商売凄い……。目眩がしそうだわ。
「店主さん、その金額であなたにお譲りしたと仮定して、です。定期的にそれを仕入れる準備は出来ますか?」
そんな大金が手に入るなら毎日卸してもいい。でも、それは危険極まりない。
お金の流れがおかしくなるからだ。
この店の規模で、そんな大金を毎日動かしていては薄汚いヤツや鼻のきく者から目をつけられる。
わたくしの心配をよそに、ハルさんは全然大丈夫ですと事も無げに頷いた。
「大口のお得意様も複数人いて、結構注文来ますから。うちなんか宝石屋さんに比べたら、全然ですけど……大きなお金の支払いが必要になっても、近くに銀行があるから、いつでも換金が出来る小切手のお渡しで問題ありません」
なるほど。さすが大都会だ。
「わかりました。それでは、店主さんの提示した……3万1000ゴールドでしたっけ。そちらで今回お売り致します。納品頻度は週に一度で良いでしょうか」
「ええ、ぜひ。出来れば週の中日、午前中が良いです」
「では来週の中日に参ります。あ、商品の内容量や品質の把握など、金額面などでも細かい約束事を兼ねて、再び商談のご用意をお願いできませんこと?」
「ええ、もちろんです……それでは、今回『は』……23本お受け取りします」
数を確認し、ハルさんは大金の詰まった袋を出そうとするが……いくらなんでもそれは重たい。
「お待ちください。今回、少々我々も物入りですので、商品の代金と差し引いた金額の支払いにしてもらえませんか?」
すると、ハルさんはにこやかな笑みを浮かべる。
「――ええ、ええ。どうぞどうぞ。どのようなものをお探しですか?」