【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/7話】


 粗末な袋に、かき集めた蓋付きの空き瓶(洗っていようといなくとも構わないので、なるべく同じくらいの大きさでいくつか容器が欲しいといった)を詰め込み、がちゃがちゃと音を立てながらレト王子とわたくしは水場へとたどり着く。


「ここだ」

 わたくしの小屋からさほど離れていない場所に、細い深紅の川があった。


 蛇口をひねると無色透明なおいしい水が出てくる……という、現代日本の安心安全な水道が標準だと思って育ってしまったわたくしには、こんこんと湧き上がり、砂の上をさらさらと流れるこれは、戦場に流れる血で出来た川のようにも見える。


 とても飲み物だとは思えない。


 だが、この魔界には犠牲になる魔物はたぶんスライムくらいしかいない。

 だから犠牲者の血とかではないはず。

 いるのがスライム……それくらい――魔物にも、この世界と魔王親子は見放されたのだ。

 逆に言えば、スライムたちの一部は王子達を支えてくれていた。良い子じゃないの。


「……さあ、レト王子。これを空き瓶に汲みまくるのです」

 わたくしが袋をひっくり返して空き瓶を一本手に取ると、川に浸して中身を赤い水で満たす。

「こんなふうに、いっぱい汲んでくださいね」

 耐水処理の為されたコルクで蓋をし、レト王子の目の前に見本として掲げた。

「……わかった……」

 レト王子はわたくしに言われたとおりに水を汲み、蓋を閉めてまた次の瓶に手を伸ばす、という誰でも出来る簡単なお仕事に取りかかる。


 1本完成させるまでを見届けてから、わたくしも同じ作業に戻った。

 二人で黙々と水を汲むこと24本。ようやく全ての空瓶に赤い水が満たされる。

「レト王子、これを半分ずつ持ちましょう。重いですからね」

「……それはいいが、どうするんだ? これ……。飲み水用なら既に水瓶に汲んであるぞ」

 残念ながら、ひ弱なわたくしはこれを飲んだらお腹を下してしまいそうです。

「さあ、レト王子。フォールズ王国一の商業都市、ラズールへわたくしと一緒に転移してください」

「地上に出るのか……?」

 すると、レト王子は何をしに行くんだと怪訝そうな顔をした。

「地上に水がないわけじゃない……はずだ、が?」

「魔界の水を売るのです。道具屋や魔術師の店に、ね」


 ピュアラバ内では、ショップを介してアイテムの合成が可能だ。

 特に魔術水は必需アイテムともいえる。

 合成アイテムの素材に使用する頻度も高いくせに、戦闘のドロップ(低確率)以外だと、いくつかの依頼クエストをこなさない限りほぼもらえないもので、売るという選択は――存在していても選ばない。


 それを見越してか、売却価格もレアアイテムではないのに高い。

 日々プレイヤー達は魔術水に悩まされていたはずだ。

 魔術師のショップも合成屋もあるラズールなら、高価で売却することも可能というわけだ――無印版は。


 レト王子を急かし、ラズールへ転送して貰う。

 変わっていないと良いんだけど――そう思いながら街の入り口に到着する。

 転移魔法って便利で良いな……。



「あ……あぁ、良かったぁ……! 店の位置は同じだ!」

 ラズールの街は、無印と比べるとほぼ……変わっていなかった。

 グラフィックの技術向上関係だったのか、どこの店構えも立派になっているくらいだ。

 この世界の文字が読み書きできないので心配事は多くあったけど、場所や店の看板が同じであれば、何度も通い慣れたところはそうそう間違えない。


 レト王子についてくるように告げ、わたくしは意気揚々と魔術屋の扉を開く。

 彼の外耳の先が尖った耳と綺麗な金色の眼は、魔法で普通の人間のように変化させている。

 そうしないと、魔族だってすぐにばれちゃうからだ。

「いらっしゃいませ……」

 カウンターから控えめな女性の声がボソボソと聞こえた。

 おお、あの黒い服の店員さんは、無印版でよくお世話になったNPCハルさんじゃないか?

 リメイク版では彼女も鼻が修正されて少し綺麗になっている。


……いくわよ、わたくし。この売買を何としても成功させないと。

 心の中で自分自身を叱咤し、わたくしはハルさんにこんにちはと声を掛けた。

「あの、アイテムを売りたいんですけど……」

「どのような品物ですか?」

 ハルさんの目の前に、袋から赤い水の入った瓶を一つ置く。

 見たこともない色つきの水に、ハルさんは何コレと言いたそうに首を傾げた。

「魔力水です。とても貴重なものですので、よくご覧になって頂きたいのです」

「……魔力水ですか、これ……?」

 そう思うのも当然だ。おなじみの魔力水ではない。

 うさんくさいマジックアイテムを訝しみながら、ハルさんはそーっと手を伸ばして瓶に触れる。


「えっ……? な、なにこれ!?」


 さすが、ちょっと触れただけで分かるようだ。

 乗り気じゃなかったはずのハルさんは、ハッとした顔で瓶をしっかり掴んで中身を凝視する。

「……すごい……見た目も変わってますが、こんなに高濃度な魔力水は初めてです……しかもたくさん入ってるし……」

 熱っぽく品定めをするハルさんに、抽出方法は秘密なのですが……と勿体ぶって、袋からもう一本手に取ると彼女から見えるように栓を抜いた。

 瓶の口をハルさんのほうへ軽く傾ける。

「濃度が気になりますでしょう? 輝きの原石で合成物を試してみません?」

「い、いいですか? ちょっと待ってくださいね!」

 ハルさんは嬉しそうにこくこく頷くと、カウンターから出て商品の棚にあった輝きの原石という白い石を手に取る。

 さすが商売人であり、魔術師でもあるハルさん。

 目論見通りコレに食いついてきたか。上々だ。


「……あの石はなんだ?」

 レト王子が私の耳元でこそこそと尋ねる。

「あれは、初級の魔術錬金アイテムです。魔力水や属性石と合成することにより、濃度によって金属、あるいは宝石に変化するのです」

「それはすごいな」

 レト王子はなるほどと頷いた。


 合成は魔術錬金と、錬金合成の二種類がある。

 ざっくり分けると、自然界の四大精霊の力を使う合成を魔術系、生物や植物など、この世に生きるものなどの素材を用いて使うのが錬金系……だとゲーム内で説明されていた気がするけど、実際のところ――魔術屋でも合成屋でも同じ事が出来るし手数料も同じだから――死に設定であって使い分けする必要はない。

 店で買ってすぐ出来る。ほら簡単でしょ?


 わたくし達の目の前で、ハルさんは小さな釜にわたくしの持ってきた赤い水と、彼女が棚から出した輝きの原石を入れる。

「あの釜は?」

 見るもの全てが珍しいのか、レト王子はあれこれと聞いてくる。

「あれは錬成釜(小)です。アイテム合成をするときに使う設備の一つです」

 こうしてハルさんと合成屋のハーシェルくんにはお世話になったもんですよ。


「アイテム、アイテム~きらきらつるつる、ポワンとなーにが出るのかな~!」

 ハルさんは木のヘラで釜の中身をくるくる回しながら、おなじみの歌を歌う。

 これも健在か……。しかもリアルタイム視聴。声可愛いなあ。

 わたくしがそんな萌え感想を抱いていると、釜ではきらきらと合成演出が起こりはじめる。


 いけ! いけ! キラリンって鳴れ! 成功しろ!


 そう。実は合成に店主との友好度による成功確率判定が存在する。

 これがまた……馬鹿に出来ない補正なのだ。

 要するに店主と気安く話せるくらいの常連になれば合成はほぼ成功するのだが、失敗判定が出たら悲惨だ。

 どんなに高かろうが激レアアイテムだろうが、ボフッと黒煙を上げて消滅してしまう。

 おかげさまで合成で何度泣いたことか……。


 不安を感じながら釜を見つめていると、ピカッと光った……! 頭のどこかでキラリンという効果音が聞こえた気がした。気のせいだろう。

「やりましたわ、成功したっ……!」

 つい口に出てしまった。

 ハルさんはわたくしの喜びなどまるで気にせず、釜の中身を見て動きを止めている。


 魔力水と輝きの原石なら『魔力の石』という、魔力が多く含まれるほど良品であるという石が作られるはずだ。

 きっと高純度すぎて、色がつかなかったのだろう。


 そう思っていたけれど――……ハルさんは唇をわななかせた。

「なに、これ……?」



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こめんと

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