「父上……【魔導の娘】を連れて参りました」
やはり道として機能しているか疑問の残る石畳を歩き、玉座の間という魔王の職場兼居室に案内されると、ベッドの中の魔王が、スポンと顔だけシーツの中から出す。
やっぱり、こっちもやつれている。栄養不足確定だ。
「……あ、あの、初めまして。わたくし……」
「あー……いいよ、そういうの……」
けだるげにかぶりを振った魔王。
初の面会だというのに、わたくしの自己紹介は不要とされた。
「ぼくは一応魔王、アシュデウム。きみ魔導の子だっけ。ごめんね、うちお給料とか良い待遇とかもないし……」
レト王子の父上……つまり魔王というお人は、ほっそりとしていて覇気のない人だった。
魔王アシュデウム様は存じておりますけど、魔王ってこんな感じだったっけ……?
無印版では一人称が『我』とか言ってなかったかしら?
リメイクで圧倒的下方修正じゃない?
「あ……お金や資材がないことはレト王子からお伺いしました……」
「じゃあ話は早いね。もーぼくが生きてる間は戦乙女に喧嘩売らないようにするし、地上にいる魔族達はこっちと無関係って感じだから、どうしようもないんだよね」
おお……子供のネガティブさは、父親のせいだな、これ。
育児放棄、だめ、ぜったい。
レト王子の口からも奥様の話は全く出てこないから、きっと逃げたとかもう亡くなったとか、なんだと思う。
あまり聞くわけにもいかない家庭の事情っぽいから、そっとしとこう。
「――というわけで、ご苦労様。なんかせっかく来てくれたのに、やることないでしょ。帰っても大丈夫だから。レトゥハルト、あとお願いね」
言うだけ言って、魔王様は再びシーツの中に潜り込む。
「あのっ、父上……」
レト王子が困惑しながら魔王様に声を掛けるが、もう返事はない。
引きこもり生活になっている。
「……魔王様。わたくし、家に戻っても居場所がありませんの。どうか魔界においてくださいませ」
「何もお構いできませんが、居たければお好きなだけどーぞ」
シーツの中から声がして、わたくしとレト王子はこれ以上何かを言えず、渋々魔王の住居から出る。
「……すまない……」
「王子のせいではございませんでしょう」
「【魔導の娘】を見たら、もしかしたら父上はやる気を出されるかも……、と思った。でも……そんなこと、なかったな」
あーあ。見るからにがっかりされている。
父親に喜んでもらえると思ったのかも……なんて想像すると、わたくしの心の奥底にある硬い殻に覆われた母性の種から、双葉がポンッと芽生えてすくすく成長してくるのが分かる。
父親は生きることに興味がない。息子も自信がなさそうである。
わたくしがレト王子を守らなくて、いったい誰が彼を守るというの……!
「とにかく、わたくしも何か出来ることから頑張ろうと思います……!」
「それはとても嬉しいが、お前に出来ることって、なんだ……?」
レト王子が怪訝そうに尋ねてくるので、わたくしは彼の目を見つめながら、わかりませんと正直に答える。
「……そうか……」
あからさまにがっかりされた。
「……やはり、もうだめなのかも……」
「あああ、お待ちくださいレト王子! すぐ諦めちゃだめです! まずご飯食べ――」
そういえばご飯はスライムだ。
あれ主食っていうかそれしかない、って……ウッ、思い出すだけで吐き気が……。
「リリーティア、大丈夫か……ああ、腹が減ったのか」
「そう、ですわね……そうだ、早急に食糧問題を解決しなくては……レト王子、なにかこの地域に緑が生い茂る木とか綺麗な泉とか、そういったものはございませんの?」
「魔界は地の底だ。人間界のような泉も緑が生い茂る木々もない。魔力は豊富にあるが、太陽の光は届かないからな」
なるほど。それは盲点だった。
もはやゲームとは別の、ほんとの知識が必要になってくる気がする。
「あ、ということは……このどんよりした赤い空は、人間界の……うーん、なんというか……地面、ということですか?」
地球でいえばマントルみたいなものだったら困っちゃうな。
魔力がなかったら溶岩とか流れてきちゃうんじゃない?
「この遙か上は地上の地面……になるのだろうが、俺たちに見えているこの雲のようなものは魔力の層。それが魔界の空に相当する」
魔力の層……ということは、だ。
「魔界ってこれがうまく使えたら、魔法使い放題なのでは……!」
「そうだ。だから戦乙女達は好き勝手に暴れ、略奪をしていったんだ」
好き勝手に、というのは……確かに被害者的にはそうなるのだが、まるで世紀末な軍団のヒャッハー臭がする言い方である。
「それで、レト王子は魔法をお使いになるの?」
「少しだけ……とはいえ、攻撃などではなく補助や幻術の類いだ。転送魔法や、何かに変化したり見た目だけを真似てみたり、というほうが得意だな」
レト王子が知っている魔法は、魔王様から習ったのだそうだ。
「……雨を降らしたりとか、そういうのは」
「できない。臣下はいない。それに魔導書もなければ魔術師もいないから」
だからたいしたことは出来ない。そういうのだ。
困ったな。確か魔術書とかは宝箱に入ったアイテムだったり、ショップで売ってるようなものだったものね。
お金もアイテムもない……水は赤いから飲むの怖いし、食はスライムしかない……地獄かここは。魔界だけど。
リリーティアお嬢様はここでもハードモードか。
……と、そこで天の采配かわたくしの天才性か。脳裏に閃くものがあった。
「……レト王子、地上に出て魔物に会ったことはございます? できればスライム……」
「ある」
即答だった。一番知りたい品種に出会えていたようで良かった。
「レト王子の主食のスライムは、魔界と地上で魔力の含有量が違ったりします? って、そっちはまだ召し上がっていらっしゃらないかしら……」
「…………そういえば、地上のスライムは栄養がないな。柔らかいし無味無臭で美味しくない」
既に食ってたのか。
どうやら『スライムは食べもの』という長年の生活が身に染みている。
「じゃあ、じゃあですよ!? 魔界のお水、あれにはこの世界の……魔界の魔力がふんだんに入っているのでは?」
「もちろんだ。人間世界のものより何倍も濃いぞ」
何をそんな当たり前のことを、とぼやくレト王子。
しかし、わたくしはそこに活路を見いだした。
「……魔界……素晴らしいです、レト王子。わたくし妙案を思いつきましたわ」
にやりと笑うと、レト王子に空き瓶をいくつか持って水場に案内して欲しいとお願いした。