わたくしをさらった張本人である王子が思いもかけず親身になってくれているので、この際いろいろと情報収集をしようと思う。
「まず、お互いに自己紹介を致しません? わたくし、フォールズ王国、ラッセル・ローレンシュタイン伯爵の娘――リリーティア・ローレンシュタインです」
「ああ、存じ上げている。俺はレトゥハルト・クルス・ヴィレン。魔王アシュデウムの息子であり、第一王子だ。レトと呼んでいい」
こちらのことは既に調査済みだった。だから別荘も突き止められたのかもしれない。
「それで、早速ですがレト王子。ええと……魔族が人間の世界で既に姿を見せているようですが、いったいいつ頃から人間の前に姿を見せるようになっていたんでしょう?」
素直に質問をぶつけてみると、王子は不憫そうな顔でわたくしを見つめる。
「お前は歴史に疎いのか……ふむ……」
どうやら学がないと曲解されたようだ。
まあ、事実だし別世界の住人だといっても通じるわけがないものね。
そしてレト王子の口からは、魔族は昔からいるのだと驚くべき内容が語られた。
「我々魔族が人間達の前に姿を見せるようになったのは、遙か昔からだ。しかし、人間達は我らと相容れないと何度も何度も再びこの地へやってきては暴れていく。それを担うのが光に選ばれし者」
確かに無印の『数年前から出現した設定』だと、歴史が浅く感じるものね。
リメイク版は無印の設定が大改変されているほぼ別ゲーといっていい。
「光に選ばれし者……というのは、もしや『戦乙女』と呼ばれる……?」
「なんだ、知っているのか。その通りだ。悠久なりし安寧と勝利の導き手『戦乙女』というのが、お前と対なる光の存在」
それがアリアンヌの事だ。
なるほど、パッケージイラストで向かい合う意味は分かった。
「わたくしが魔導の娘と仰っていましたが、いったいどのようなお役目があるのです? わたくしと戦乙女は戦わなくてはならないのでしょうか?」
すると、レト王子は頭を振った。
「よくわからないんだ……魔導の娘自体、我ら魔族が古来より待ち望んだ存在であり、初めて魔界に降り立ったのだから」
「…………そう、ですか……」
きっと戦乙女と魔導の娘は核心部分に触れるんだ。
冒頭からのネタバレは避けないと。
って、そういうふうにこの世界が機能しているかは謎だけど。
そういえば、あの黒い死亡フラグはどうしたのかしら。
「レト王子。わたくしをさらってきた、黒い獣はいずこに?」
「あれは、俺だが……?」
「えっ。だって、黒い獣でしたわよ。王子の髪は赤いでしょう?」
「理屈は分からないが、動物に変化すると黒くなる……」
王子の獣変化がどんな色でも格好良いと思うんだけど、髪の色イコール毛並みの色ではないようだ。
真っ赤な獣だと、いろいろと設定的に大人の事情でも絡むのかもしれないから、そこは考えないようにしよう。
「……ともかくわたくしは、魔族の……魔界のために何かを行うのですね」
「そうだな……って、そんなにすんなり魔族と協力してくれるのか!?」
「ええ。そのつもりでわたくしを連れてきたのでしょう?」
「それは……そうだが……」
もごもごと何やら歯切れ悪いレト王子。
さらってきたというのに遠慮している節がある。
「あのまま別荘に閉じ込められていても、何を出来たかもわかりません。良くも悪くもここまで来てしまったら、腹をくくるしかないんですもの」
それに、リメイクは別ゲー化してるっぽいから、無印版の知識がどこまで役に立つかどうかも怪しいけどね。
「とりあえず、これから魔族のため頑張りましょう。ご指導などよろしくお願いしますわ! レト王子」
わたくしが右手を差し出すと、おずおずとレト王子は握手をしてくれたのだった。
わたくしは魔王子レト様に連れられ、自室というものを与えられることになった。
どんな部屋なんだろう、と期待をしながら物置のような場所から出ると――目の前に広がる風景に目を疑った。
部屋を一歩出たら、所々空っ風が吹きすさぶ壁のあちこちが崩れた城内だったのだ。
「こっちだ」
レト王子は何事もなかったかのように、石畳も満足に整っていない床を踏みしめながら歩く。
なんなのよこれ、といいたくなるのをぐっと堪え、あたりの破損具合を不安に思いながら歩く。
「これ、崩れてきません?」
「たまに強風で崩れる。修繕するにも人材も資材もない」
――聞かなかったことにしておきたい。
破損具合はなかなかにひどく、今まで王子と話していた部屋がきちんとしていたのが奇跡なくらいだ。
「あの、なんでこんなになるまで……」
「魔王がどうにか勢力を広げようとすると、封印するために戦乙女が現れる。魔族一丸となって戦うが、戦乙女との力量が違いすぎるんだ。それで、毎回敗北を喫していると聞いた」
そう話しているレト王子の顔が陰鬱な物になる。
それは……そうだろう。
元プレイヤーであるわたくしからすれば、共通ルートで毎回最終決戦は魔王と戦って勝ってるんだから……。
若干申し訳なく感じていると、更に追い打ちを掛ける言葉が飛び出してきた。
「代々の魔王達が語り継いできた話では……戦乙女達は、高位の魔法を室内でも景気よく放つので、なんでも破壊していく。しかも、宝物庫まで荒らして根こそぎ持って行くので、魔王城は金目の物も家宝もなくなったとか」
「う、うわぁ……」
耳が痛すぎる。
フィールド戦闘もあるピュアラバは、魔王城で確かに宝物庫を開けていろいろお金や高価そうなものをゲットしたりするのだ。
そこには闇の武器などのフレーバーアイテムが入っていたりするのだが、装備できないけど、高値で売れるので即換金してしまう。
もしかすると、そういったものの中に魔王家(?)に伝わる家宝などもあったかもしれない……そう思うと、土下座して謝罪したい気持ちに駆られた。
「……そうして、戦乙女達が暴れていった後には何も残らない。代々の魔王達はそうして何もかもが毎回大幅に疲弊していき、魔王を慕っていた魔族達も守れない。その悪循環で彼らは我々王族への信頼を失い……離れていった」
正義の執行が行われた末路が悲しすぎる。
聞いているだけでやるせない気持ちに押し潰されそうだ。
「……だから、今回【魔導の娘】が現れたとわかったとき……俺は凄く迷って。本当に、何か変わるのだろうかと……それでも、俺は父上の役に立ちたかった」
悲しげな顔でそう語るレト王子。うわぁ、かわいい……じゃなくてかわいそう。
わたくしを連れてきたのも、父親のためにという……。
この蜘蛛の糸に縋る大泥棒が如き必死さ。健気すぎる。
「……がんばりましょう」
「……本当に、この状況を見てそう思えるなら……」
城を見てため息を吐いた。割とネガティブなのかなこの王子。
「見て分かるとおり、何もないところだ。父上の挨拶などは明日にして、今日はとりあえず休もう」
石畳と壁が途中で途切れた、ただの強風が吹きすさぶ荒れ地の先に、ぽつんと小屋のようなものがある。
「あれ……、お前の……屋に……る」
レト王子が一生懸命声を張り上げて何かを言ってくれるのだが、風の音が大きすぎてよく聞こえない。
「はい!?」
「部屋……する」
ああ、わたくしの部屋にしてくださるとのことかしら。
「ありがとうございます!」
「……えっ?!」
こちらだけではなく、向こうでも何言ってるかよく分かっていないようだ。
両手を合わせて頭を下げるジェスチャーをすると、少しムッとされた。
ああ、確かにこれではありがとうの他に神仏に祈りを捧げているかのようだ。
見るからにボロい小屋の扉を開けると、壁も少し崩れているが、まだ使えそうだ。
「砂が入ってきてますけど」
「悪いが、壁を直す道具も資材もない。我慢してくれ」
事も無げに言い放ち、王子はボロベッドに手を当てて力を込めて押してみる。
軋みはするが、まだ使えるようだ。ただ、その砂まみれのシーツはどれくらい洗っていないのか気になる。
「ここ、最後に使ったのは一体いつなのでしょう」
「分からない。俺が生まれたときには、既に誰も使っていなかったと思う」
王子は幾つなのかと聞いてみると、14歳だという。おお、大体同じくらい。
「ということは最低14年以上、魔王城の全てがこの状態ですのね……」
「そうだ……仕える臣下も誰もいない。魔王軍として機能していたのは遙か昔の話。もう父上と俺だけだ」
シーツの砂をバサバサと払って、王子は隆盛を極めた頃は凄かったのだろうなと微笑んだ。
ウッグワアアアアーーーもう!
なんてかわいそうなの……やめて……人間はそういう話に弱いの……。
食生活もなんかスライムとかだし、もしかして王子の顔が青白いのは栄養が足りていないからでは……。
ああ、なんなの……わたくし既にこの人放っておけないんですけど……。
「久しぶりの話し相手だったから……ついいろいろ喋りすぎた。つまらない話を聞かせてしまったな、忘れてくれ。それじゃ、また明日来る」
王子はそそくさと退室し、わたくしは風がびゅうびゅう吹き込んでくるボロ部屋に残された。
いつのものだか分からないシーツに包まりたくはないけど、ないのだから仕方がない。
くんくんと匂いを嗅ぎ、シーツに虫などがついてないかを事細かくチェックして……包まる。
ほこり臭いけど、あの口ぶりからすると風邪を引いても薬だってなさそうだ。
とにかく、明日からわたくしは王子達のために何か行動を起こさないといけなくなりそう。
頑張るぞ、と決意しながら入眠するのだった。