……見慣れない真っ白な天井と、訪ねたことすらない豪奢で良い香りのする部屋の中で眠っていた……わけは、ないはず。
でも、実際に知らない場所だ。
(――ここは……どこ、ですの?)
多少の混乱を感じましたが、天蓋付きの広いベッドから起き上がり、室内の壁に掛けられた装飾過多のお高そうな鏡で自分の顔を見てみる。
鏡に映る少女は儚げで……緩く縦巻きにされた銀髪に、綺麗な碧眼の少女。やだ……最高可愛い。
なんだか、特徴はReのパッケージイラストにいた……ザマァな令嬢、リリーティア・ローレンシュタイン嬢に少し似ている。
もうちょっと彼女の外見は大人びていた気がするけど、この子もすごく可愛い。
「ん? これ……わたくし??」
自分で自分の顔を触ってみると、鏡の中の少女も顔を不思議そうに触る。
にこりと笑うと、少女もにこりと笑った。いやだわ、とっても可愛い。
「……って。えっ!? コレわたくし?!」
さっきまでの、というか今まで生きてきた顔と違う。
もっと、まんじゅうみたいな顔だったのに。
ていうかここはあのオタク部屋ではない。
めちゃくちゃ高そうで装飾過多な家具が並んでいる。
停電は? ゲームは? ああ、そうだスマホはどこ??
一人であたふた机の上を見たり、引き出しをひっくり返していると、部屋の扉がノックされて、失礼致しますとメイド服姿の女性が数人しずしずと入ってきた。
「リリーティアお嬢様、おはようござ…………あ、あら、あら……」
やってきたメイドが恭しくお辞儀をして挨拶を述べようとしていたが、わたくしの部屋の惨状を見て挨拶よりも戸惑いが先にやってきてしまったようだ。
「リ、リリーティアお嬢様。あの、何かお探しで……?」
「……わたくし、リリーティアですかね? 本当に悪役令嬢リリーティア・ローレンシュタインであってます??」
「は、はいっ? 悪役……? ええと、お嬢様がリリーティア・ローレンシュタイン様、というのであれば、その通りでございます! ……ちょっと、ご主人様とお医者様にご報告を……!」
メイドさんは若干の混乱を覚えつつわたくしに笑顔でそうだと告げると、仲間の一人に素早く耳打ちし、一人がどこかに駆けだしていく。
どうやら関係者を呼ばれてしまうらしい。それは困る。
「ちょっと待っ……」
「リリーティアお嬢様、お掃除は我々にお任せくださいませ。どうか、ベッドの上にお掛けになってしばらくお待ちください」
ひょいとわたくしを荷物のように担ぎ、ベッドの上に置いてカーテンを開けたり簡単なところから片付けを始めるメイドさん。あなた意外と力持ちなのね。
それをぼーっと見ていると、廊下でバタバタとせわしない足音がする。
見たこともないダンディーなおじさまと白衣のおじさんが大慌てでやって来たかと思うと、わたくしは彼らに捕まっていろいろな質問をされた。
「おお、わたしの可愛いリリー……わたしが誰か分かるだろう??」
泣きそうな顔でダンディーなおじさまが私の肩を掴んで軽く揺する。
「わかりませんわ」
ここは気を遣って、ごめんなさい、とかなんとかしおらしく言うべきなんでしょうけど、何せこんなイケオジ知らない。
すると、ショックを受けたおじさまは血の気が引いたようなお顔でふらっと後ろに傾き、医者やメイド達に慌てて支えられる。
わたくしを皆が何度もリリーティアと呼ぶので、自分は本当にリリーティアでいいのか、や、ここはどこだと聞き返すと、皆は必死にわたくしがなんであるかなどを説明した。
「ご説明頂いたお話をまとめますと、わたくしはフォールズ王国のローレンシュタイン伯爵令嬢リリーティア、年齢は12歳であり、あなたはわたくしのお父様のラッセル・ローレンシュタインで、ここはわたくしのお部屋……それでよろしくて?」
「そうだよ、リリー」
とりあえずといった形で、ラッセル……お父様は頷いた。
今のわたくしは、というかわたくし自身が、誰がどう見てもリリーティアお嬢様であること。
でも、中身のわたくしは、あのオタク女だ。
その証拠にお嬢様の記憶は一切、ない。
今日までリリーティアとして生きてきた、彼女本来の記憶はなにもないのだ。
……どうやら悪役令嬢にな(りかわ)ってしまった……という、ことかしら。
オタクの力でなんとか現状を把握した。
しかし、何もかも前触れなくこれが始まった。せめて何かの経緯が欲しい。
「……わたくしがこうしているということは、あのオタクゲーマーだったわたくしの身体は死んでるか、お嬢様が入ってるってこと? それとも、これは『ゲームの中のお嬢様としてログインしてログアウトできない』ってやつかしら? ああ、両方あり得るけど、なんだかよくわからないわ……」
「それはこちらが言いたいことだよ、リリー……ずっと訳の分からないことばかり言って、いったいどうしてしまったんだい? 寝ぼけているのならいいが、何か悪いものでも食べたのかな?」
「目が覚める前に食べたのは、確かコンビニで買ったカレーパンと、焼き鯖と焼きプリンですわね。鯖は面倒くさがらずレンジでチンして食べておけば良かったです。味付けは美味しいはずなのに、無精したせいで生臭さが味より際立って美味しくなかったですわよ?」
正直に答えたのに、お父様は理解が及ばないという顔をして首を横に振る。
それを医者が神妙に受け止め、お嬢様には休養が必要かもしれません、などと言い出した。
「そうだな……どう見ても寝ぼけているわけではない。ああ、リリー。療養として静かな別荘で暮らすといい。何かあったら連絡するからね、おとなしく……良い子にしていてくれ」
そうして厳しい顔をする『お父様』を見た。
口調とは裏腹に、もう目には優しさがない。
どうやら父親から溺愛されていたはずのリリーティアお嬢様は、突然原因不明の……精神的な病気にかかってしまった、ということにされたようだ。
それから数日もしないうち、身の回りの世話を行う最小限の方々と共に、わたくしはフォールズ王国の外れにある小ぶりな別荘……恐らく終の棲家、に送られることとなった。
――ここまでが今のわたくしの状況全てだ。