【放置された本丸で、荒んだ男士の面倒を見ることになった他本丸の審神者の話/2話】


 私は転移の不具合で、自分の本丸ではない場所に着いてしまったらしい。


 しかもこの本丸の主は長期不在……ううん、男士の前から姿を消した。

 どうやらそれは失踪ではなく自主的に行った、ということのようだ。

(もう『飽きた』とも呟いていたらしいので、二度と戻ってこないであろう……という同田貫さんの見立てから想像するしかない)



 緊急事態のため、私はこんのすけを介して時の政府に連絡を取ってもらう。

 審神者には(本当に困ったときに)相談できるよう担当者がいるため、例に漏れず私にも担当がついている。

 でも、審神者ひとりにつき専属担当者が……なんてこともないようで、よほど優れた審神者でもない限り、各担当者達は面倒を見る審神者を何人も抱えているという話だけど……噂の域を出ない。


『――はい』

 空中に投影されたスクリーンはいつも通り【音声のみ】と書かれているだけで、担当者――私の担当は名前も知らない女性――の姿は映っていない。

 担当者との対応は常にこうして音声で行われており、どのような名前と外見なのか、実は就任して数年経っている今でも未だに知らない。

 あなた、では不便なので名字を教えてもらおうとすると『調査任務時以外、連絡は担当している者にしか繋がらないので必要のない情報だ』と断られるし、雑談にはあまり興じてもらえない。

 他の担当さんもそうなのかわからないけど、少なくとも私の担当さんはそういう人だ。

 もしかすると、研修に行くときに最寄り駅でいろいろこれからのことを教えてくれた人が、この担当さんだったのかも……とは思ったけれど、それすら確認したことはない。


「こんにちは、千歳です。緊急の相談が……」

『緊急事態だから連絡が来た、そんなことは分かっている。それで。用件は』

 彼女は平素と同じく、ぶっきらぼうに用件を言えと告げる。

 私は一言すみませんと謝ってから、この本丸の男士達に話したことと同じ話をまた担当者に報告する。

 これで三回目なので、自分でも出来事を整理し、落ち着いて報告することができた。


『……ふむ、それは報告事例にも良くある事故だわ』

 一大事だと思ったのに、彼女はなんでもないことのように言い放った。


「そっ、そうなんですか……!? では、よくあることであれば対処も――」

『それは別の話だ。わたし達は何でも屋じゃないんだ、直せと言われてすぐに対応できるものでもない。待機しろ』

「それなら、この本丸の場所が分かれば交通手段を用いて帰還します」

『やめておけ。転移に失敗した者に、どのような影響が及んでいるか分からん。本丸から出ることは禁ずる。

こちらから手を入れるにも、少々調査期間が必要になるから再度連絡はする』


 一応調べてくれるようだけど、なんだか難しいことに変わりはないようだ。


『転移不能になるのは審神者に限った話ではなくてね。男士も稀にそうなる。ああ、誤解なきように伝えると『良くある』事故だという意味は……しょっちゅうある、ということではない。確率が0.0000……とゼロがいくつ連なっていようと、時の政府(ここ)には全てのデータが集約している。所属している膨大な人数の審神者と男士が出陣した件数とその全ての年月。そして発生頻度を計算した結果が、だ。その結果から『良くある』ことなのさ』


 気の遠くなりそうな……いわゆる天文学的確率であったとしても、ゼロではないから起こる可能性はある。

 それが今回私の身に降りかかって、また時の政府のデータ件数に一つ加算されただけっていうこと、らしい。


 簡単に言われてしまったが……説明してもらうと、よく今まで皆無事だったなって思ってしまった。


「それは……理解しましたが、この本丸から出ないほうがいい……とは……?」

 確かこちらのこんのすけは転移が出来なかったと言っていたけれど、私はどういう状態になっているというのだろう。


『長ったらしい説明を省くとだ、転移するにはその物体をスキャンするだろう。それを一つ残らず完璧な状態で、こんのすけは転移先に送っている。だが、転移中どこかでお前の一部が失われ、線と線を繋ぐことができず、欠けている状態だと思われる。だから動かせない。どの本丸にも許可のない者が近づけぬよう、人払いの結界が張ってある。時空のゆがみで影響を受けたかもしれん身体だ、迂闊なことはするな』


 髪の毛一本の差異だろうと、転送開始前と転送終了のデータが合致しなければそれは別のものという結果……みたいなもののようだ。


『一応聞くが、身体に欠損は発生していないか?』

「目視確認と、自覚部分での痛みや負傷等はありません。髪も無事です」

 一応ポニーテールにしている自分の髪に触れ、後ろを振り返って足を上げてみたり手を動かしてみる。

 服に破けているところもなく、身体も無事だし影響はないように感じる。

 担当さんは私の身体に不調がないことを入念な聞き取りで確認し、数日で人を送るから大人しくしておくよう念押しをして、一方的に通信を切った。



 どうやら、自力で帰るということも出来ないようだ。


 そもそも……ここ、どこなんだろう。

 時代も私のいる年代とは違うのかな……?


「……千歳様……」

「こんのすけ……担当からもそういった判断が下されました。申し訳ないけれど数日ご厄介になります」

 少し屈んでこんのすけにそう伝える。

 うちとは違う子だけど、この子も可愛い。

「わたくしめは、よいのですけれど……刀剣男士達が……」

 彼は心配そうに後方を振り返る。


 そこには眉間に皺を刻んだ長谷部さんと、無表情でこちらを見ている同田貫さん、そして相変わらずその後ろに隠れながら様子を見ている五虎ちゃんがいた。


「どこの者かも分からん審神者をここに置く? 冗談じゃない。役人連中が許可しようと、こちらにも話を通すのが筋では?」

「私の素性はこんのすけのデータで、ご一緒に確認しましたね? その話しぶりですと、担当との会話も聞いていたようですが」

 盗み聞き、ってことはなくても、少し離れた場所に立っている長谷部さん達が聞いていたなら、聞く気で聞いていたはずだ。

 あえてそう指摘すると、彼は一瞬言葉を詰まらせたが、本丸を預かる身としては当然であると開き直った。


「俺たちは別の審神者を主の部屋に通すなどと、あってはならないと思っている。本丸内部に立ち入らないというなら、数日の滞在場所くらいは提供してやってもいいが、面倒ごとは起こすなよ」

「別の部屋やりゃいいだけだろ、どうせ空いてんだから。ただあんたが通したくないだけじゃねえか」

 そっちのほうが面倒くせえと同田貫さんが長谷部さんに意見をすると、ギロリと鋭い視線が向けられていた。


「……主を敬うのは当然として、居た場所を守るのも、役目のひとつだと思うが」

「居た、ねぇ。あんたも自分で過去形にしてるじゃねえか。もう戻ってこないって分かってるんだろ」

「お前……本気で言っているのか」

 長谷部さんが怒りを滲ませたまま同田貫さんに近づく。

「はっ、本気も何も事実だろ。俺たちはもう戦に出ることもできねえんだぜ。本分を果たせねえまま、何年も帰ってこねえ主を思って、どうしろってんだよ」

 よせばいいのに同田貫さんは挑戦的に笑って、長谷部さんの気に障るようなことを言い続ける。

 可哀想に五虎ちゃんは『あわわ……やめてください……』とオロオロして、こちらに視線を何度か送ってくる。


「……私は風雨をしのげる場所を提供してくださればどこでも構いませんし、数日お世話になるだけの部外者。そちらの本丸方針に口出しする気はありませんが……あなたがたの空気感で、悲しい思いをされる男士がいる。ここは止めていただいた方がよろしいかとは思います」

 口出しする気はないと言っているその口で、二人に意見なんてしてしまった。

 泣きそうになっている五虎ちゃんが、彼ら二人の間に入って止められるとは考えにくかった。

 余計なことをしてごめんなさいと心の中では二人に謝っておくね。


 この言葉が効いたかどうかは分からないけれど、長谷部さんと同田貫さんは距離を取る。

「……ついてこい」

 長谷部さんは私を一瞥した後、背を向け本丸の方へと歩き出す。


 あら、なんだかちょっと本丸とは……方向が同じのような。

 気が変わって、通してくれる気になったりした……のだろうか?


 私はちらっと五虎ちゃんを振り返り、口論が収まってよかったね、と思いながら目を細めた。

「うぅ……あの、すみません……」

 目が合っても、彼が微笑みを返してくれることはなかった。

 でも、彼の怯えた顔は見たくなかったし、誰かが言い争いをするところも好きではない。

 差し出がましい行いには違いなかっただろうが、後悔はしていない。


「おい、そっちは……」

 なにかに気づいた様子の同田貫さんは、長谷部さんへ呼びかけた。

 しかし、長谷部さんは振り返ることも返事をすることもなく、大股で歩いている。

 歩くのも速いらしく、普通に歩いていると距離がどんどん空いてしまうため、私は少し小走りになりながらも後を追う。



 本丸の玄関が見えてきた! ……が、通り過ぎる。

 さっきも長谷部さんが明言していた通り、やっぱり本丸の内部には入れてもらえない様子だ。

 

 そして、何も作物を植えていない……手入れすらされていない畑の側も通り過ぎ、木々の間から一軒の小屋が見えてきたところで、長谷部さんは口を開いた。


「あの小屋を使う」


 本丸からは大きく離れていないけれど、近いともいえない。

 小屋の外観としては昔話にでも出てきそうな、かや葺き屋根の民家そのものだ。

 漆喰で塗り固められている壁と障子の入り口が見える。

 掃除されているのか、塗り直しているのかは分からないけれど、壁は経年使用で汚れているようなこともなく、その白さを保っている。

 表具としても新しいように感じる障子。

 ここに何人いらっしゃるのかは不明だけど、短刀さん達もここで遊んだりしないのか、障子紙もピシッと綺麗に貼られていた。穴一つ開いていない。

 そして、かや葺き屋根も苔むしたりしていない……つまり、小屋は全体的に真新しく痛んでいる様子は微塵もないのだ。


「こんなに綺麗な離れを使って良いのですか……?」

 そう聞いたとき、何を思ったのか長谷部さんはじっと私の様子を見つめてきた。

 とはいえ、その目には好意的なものは欠片もなく、冷たいものだ。

「本丸に主でも、その客人でも、こちらが呼んだものでもない存在を入れたくはない。外で寝ろというのも命に関わる。この部屋しかなかった」

「い、命に……? 野生動物でも出るのでしょうか」

「たまに出現するようだが、そうじゃない。ここは昼夜の温度差が激しく、夜はとても冷えるからだ。勝手に死なれても困る」

 私の質問を心底めんどくさそうに(既に顔に嫌だと出ている)長谷部さんは説明してくれた。


 確かに私は鞄や防寒着を現状持っていない。


 転移前にこんのすけから、年代や時期、気温なども含めて現地の情報を詳しく教えてもらえるからだ。

 寒ければ羽織るものは着ていく。暑ければ上着は持っていかない。

 数日かかるようなものなら、鞄に非常食なども詰める。

 などなど、情報に合わせて持ち物を考えることにしている。

 今回私が何も持っていないのは、出現した時間遡行軍を迅速に討つ、というだけの仕事だったためだ。


 でもそんなことを延々長谷部さんに説明しても、他の主の話なんて興味もないだろうから聞く耳を持たないでしょうね。


 がらりと障子を開き、長谷部さんは先に小屋の中へ入っていく。

「いつまでも突っ立ってないで入れ」

「……」


 開けてくれるのを待っていたので。


 なんて言い返しても、きっとまた睨まれるだけだ。

 私は失礼しますと声をかけて、小屋の中へと足を踏み入れる。



 小屋の内部は、外観と同じく和風の造りになっている。


 土間があり、靴を脱ぐ上がり(かまち)があり、ほんの少しの板の間がある、普通の小屋。

 障子の向こうは多分和室……寝るだけの部屋なら、四畳半もあれば充分だ。


「……?」


 障子。襖ではなく?

……ほんの少しの違和感がある。


「夜は冷えると先ほど仰いましたね。この部屋は二重に障子で仕切られていても、火の気が無さそうな……」

「火鉢を持ってくる。それで寒ければ布団でも被っていろ」


 もしかしてこの本丸に、ストーブとかこたつとか、ないんじゃ……。


 むしろこちらに火鉢をくれたら、長谷部さんたちが寒くないかな……。


「なんだ、その不満顔は。こちらから物資を提供する必要はない事も分かっているんだろうな。わざわざ出すと言っている。ありがたく思え」

 文句があったわけじゃなく、同情していたら違うように解釈されてしまった。

 イライラし始めた長谷部さんに、私はすみませんと謝罪して、とりあえずその場を収めた。


 いつ彼のイライラスイッチがオンになるか分からない。

 うちの近侍も長谷部さんなのに、こちらの長谷部さんはとてもやりづらい。

 本丸によっても、多少性格が違う……ようになってくるらしい。


「では部屋と火鉢をありがたくお借りしますね。とても助かります」

「……」

 愛想笑いを浮かべていることが透けて見えたのか、長谷部さんは返事をしなかった。とても感じが悪い。

 そんな態度にこちらも、ややムッとしながら和室に通じている障子を開け――私はひきつった声を発してしまった。


「ひ……っ……!」


 障子を開けた先には予想通り、畳敷きの六畳程度の和室が……そう、確かにある。

 それだけなら驚きはしない。



 畳の敷かれた部屋は、木製の格子で前面が仕切られていた。

 その異様な光景に、私は一瞬恐怖を覚えてしまったのだ。


「あっ、の、これ……はっ?」

 説明を求めようと長谷部さんを向き直ると、彼は至極当然のように『座敷牢だ』と答えた。

「そんなことは分かります! そうではなく!」

「本丸以外はここしか空いていない、それだけだ。ああ、それに一応行動も制限できるという利点もある。ちょうど良かったな」

「……こちらの本丸へ口出しする気はない、と先ほども申し上げました」

「お前を信用できない」

 はっきり長谷部さんからそう言われてしまった。


 その顔に、そんな悲しいことを言われるなんて。


 自分のところの長谷部さんではないことは分かっていても、胸がずきりと痛んで、苦しくなった。


「……わかりました。これでこちらの皆さんが安心できるというなら従いましょう。ただし、施錠(カギ)だけはなさらないでください。私は監禁されるようなことはしていませんから」

「まあいいだろう。歩き回らず、ここで大人しくすることだ」

 僅かな抵抗だったが――長谷部さんはゆっくりと頷き、了承の意を示した。


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