「見たところ、武具は装着していないようだが……侵入者であることは間違いないな」
刀を喉元に突き付けながら、長谷部さんは私の頭から足の先まで注意深く観察する。
「何者だ? どうやってここに侵入した? 目的は何だ」
「私の名前は千歳。刀剣男士を使役するお役目【審神者】を仰せつかっています」
質問攻めに遭い、審神者と聞いた長谷部さんが反応した。
「審神者だと……?」
「戦場より男士達と共に私たちの本丸へ帰還したところです。だというのに、本丸の造りも違う。周囲の風景もなんだか見慣れない。だから不思議に思って、男士とこんのすけを探していたところに……あなたが」
こうして私に刀を突き付けてきたので。
という言葉はこの場合不要だと思ったので飲み込み、私も眼前の長谷部さんを観察した。
見た目は確かに長谷部さん。本丸各所で、主の好みさえ押しつけられていなければ……みんな同じ外見のはず。
内番の服に着替えている、本丸でもよく見かける姿でも……この人は私の側にいる彼ら――近侍の優しい長谷部さんでも、二振り目の、最初から妙に好意を示してくる彼――ではない。
人を信じようとしない、荒んだ……厳しい目つきで私を見据えていた。
怖いと感じるより、この人がこんな目をするようになってしまったのはどうしてなのか? そちらのほうが気になってしまった。
そう考えている間に、長谷部さんは私から刀を引いて納刀する。
「――あなたがどこに配属された審神者かは知りませんが、勝手に他者の本丸に立ち入られては困ります。主は……不在でいない。お帰りいただけますか」
こちらの言い分は、なんとか聞き届けてもらえたらしかった。
「ですから……私たちは戦場から帰還して、本丸に……。そうだ、こんのすけと第一部隊の皆さんを探しているんです。この場所で見覚えのない男士達に会っていませんか……?」
「第一部隊……最大戦力をぶつける必要のある戦場からの帰還ということか……。生憎と、この本丸に突如現れた男士の気配が複数あれば、俺達もこんのすけも気づくはずだがそういったことはない。出歩くほどの人数も、ここにはいないのでな」
どういうことだろうか、ここは一体……と少々混乱し始めた頃、本丸の方から軽快な足音を響かせて、こんのすけがやってきた。
ゆっくり歩いてくる同田貫さんと、その後ろに隠れながら進む五虎退ちゃんの姿も見える。
「一体何事ですか? おや、この女性は……? 万屋のお使いさんでしょうか」
こんのすけは長谷部さんの横にやってくると、私のことを見上げて首を傾げる。
なんだか痩せていて、毛艶があまり良くない。隈取り(?)の模様も、いつもと少し違っている。
よく見なくても、私の側にいるこんのすけとは違う子だと見分けがついた。
「今週は何も頼んでいない。この女性は審神者だそうだ」
「ええっ……? どうやって、ここへ?」
こんのすけも驚き、長谷部さんと私を交互に見やった。
「……こんのすけ。あなた、その鈴でデータベースにアクセスできますね?」
「えっ?! あ、はい。それは、もちろん……」
「では照合確認を。私のIDを伝えます」
口頭で教えたID番号を聞き取り、こんのすけの首に下がっている鈴が淡く光り輝く。
これはたぶん、時の政府管轄のどこかで管理・運用している、大規模なデータベースに一部権限でアクセスしているのだと思う。
審神者にもアクセス権はあるけれど、本丸のパソコン(政府からの貸与品)で男士のデータにアクセスすることしかできない。
……未来の情報にアクセスできているのが不思議といえばそうなのだけれど。
こんのすけのように、地図の閲覧や遡行軍の被害状況など、そういった様々なことを調べることはできないようになっているみたいで、審神者権限での閲覧はこういうときほとんど役に立たない。
「――照合完了しました。千歳様、ですね……わぁ、随分遠い国に属していらっしゃる」
こんのすけが開いたデータは空中に一瞬で表示され、緊張した私の顔(証明写真として撮ったもの)と、名前や所属国、戦績という簡単なプロフィールが表示されていた。
長谷部さんも険しい顔でそれをじっと見つめ、ようやくこちらに合流した同田貫さんたちは、多少の警戒と疑問符を浮かべた顔で私たちを見つめている。
私はここに来た経緯……ほぼ長谷部さんに話したことと同じ内容をこんのすけに伝え、自分の男士部隊の居場所と、この場所について尋ねた。
「ここは千歳様の本丸からすれば、西にある別の所属国です。お話にあった他部隊ですが、わたくしの嗅覚でも複数名の存在は感じ取れておりません。帰還しているかどうかは、そちらの本丸にいるこんのすけに確認を取らねばいけませんが……。千歳様のお話ですと、どうやら帰還時に何らかの歪みが起こって、あなただけがこちらに転移されてしまった様子ですね」
ああ、やはりこんのすけは話が早い。なんとかなりそう。
「ありがとう。あなたのおかげでこちらも状況は把握しました。
それでは、私も帰還したいのですが、力を貸して貰えないでしょうか」
「はい! それでは、転移位置をあちらの本丸にセット……完了。どうぞお気をつけてお帰りください!」
尻尾をふりふり、こんのすけは愛想良く私に対応してくれる。
人騒がせな、と毒づいたのは長谷部さん。
「二度と会うことはないだろう」
「はは……そうですね……」
足下が光り輝き、地面に見慣れない魔法陣が浮かび上がる。
すぅっと身体が上に引っ張られるような感覚の後、いつも瞬時に転送される――はずなのに、光は一瞬で霧散し、こんのすけの鈴は赤く光った。
「おやっ? おやおやっ?」
こんのすけの焦った口調に、苛立った長谷部さんの声が重なる。
「おい! ふざけてないで、早くやれ」
「それが、なぜかエラーが起こって転送不能なのです」
「えっ……? そ、そんなことって、あるの?」
「今までそんな……いえ、三度しか行っておりませんが、ミスをしたことはありません」
三度。つまり、帰還は三回だけ? この本丸の主は何をしているのだろう……。
「……こんのすけ。この本丸の主は不在だと聞きました」
「…………はい」
耳をぺたりと下げて、こんのすけはまるで叱られたときのようにうなだれた。
怒っているわけじゃないのにそんな顔をされては、よそのこんのすけだとしても胸が痛む。
「いつお帰りになりますか? 私がここに来てしまった事情を説明しないと」
「――主なんざ最初の三日くらいしか来てねぇよ」
今まで私たちのやりとりを傍観していた、同田貫さんが口を開いた。
「おいっ! そのような言い方をするな!」
凄い剣幕で長谷部さんが怒鳴るので、五虎ちゃんと私はびっくりして身体を震わせた。
「あ? 事実じゃねーか。この本丸で俺たちを適当に顕現して、数回戦闘に行かせた挙句、飽きたとかつまんねぇとか漏らして以来、来てねえぜ」
――そういえば、聞いたことがある。
一部の審神者は戦の毎日に耐えきれず、現実世界の生活が恋しくて辞めていったものも多いとか。
どこの仕事でもきっと、自分にとって向き不向きはあるし、辞めていくのはしょうがないと思う。それを非難する資格は誰にもない。
心身に異常がないまま辞められるのなら……それはその審神者にとって、きっととても良いことだ。
でも。
「……審神者である資格を返上せず、男士と本丸を放置していったのですね」
私の問いかけに、長谷部さんは射貫くような鋭い視線を向け、こんのすけは静かに頷き、五虎ちゃんは無言のまま俯いた。
「ま、そうなるな」
きちんとこの本丸のことを説明してくれた同田貫さんだけが、何でもないような顔で同意した。