セントサミュエル学院――……わたくしたちが三年間学ぶことになる校舎を見上げる。
わたくしたちを見据えるように建っている中央棟と呼ばれる真新しい建物は、太陽の光を白壁に受け、きらきら輝いていた。
一般の子達はこれを見て、期待に胸を膨らませたりするのだろうが……。
この建物がキラキラしている理由の一つ、材料に魔法銀と呼ばれる魔法金属が使用されている。
溶かしたのか壁や床の建材なのか、どういう形状に加工を施しているかは分からないが……中央棟以外も真っ白きらきらに見えた。
なぜそんなことを知っているか、といえば。
わたくしが、魔界でゴーレムを作るために買い付けようとしていたのが魔法銀であり……学院を作るからと、当時国内で流通されているものが全てここに回されていたのだ。
つまり魔法銀は国によって押さえられていたので、他の人々が買うことも出来なかった。
だから、うちのゴーレムくんたちはやむなく鋼鉄製になったわけである。
済んだこととはいえ、そういう経緯もあって――この建築群がほんの少しだけ妬ましい。
誰もそんな因縁になど事に気づくことはなく、マクシミリアンがわたくしの書類と自分の書類を受付に渡し、担当者が軽く名前や性別、書き漏らしがないかチェックして確認判を押す。
「ようこそ学院へ」
にっこりと微笑まれて、マクシミリアンは係に頷きを返す。
「二人とも、荷物の搬入は?」
「私は後で屋敷から送られてきます」
マクシミリアンの言う『荷物の搬入』とやらは、主に貴族や商人の家系の人に多い。
何かとこだわりの強い貴族の人たちは、自らの使用しているものじゃなければ嫌だとか、権力的なものを見せたくて高価そうなものをバンバン部屋に入れたがる。
商人さんはスキあらば繋がる人脈や顧客を得たいので、これはこれで品物となるものの搬入があるそうだ。
もちろん禁止されている品がないようチェックはあるようだけど、簡易的なものなのでどこまでちゃんとしているか、正直怪しいものだ。
アリアンヌは服に、枕に、タンスと……いろいろ指折り数えながら言っていたが、マクシミリアンは適当に聞き流して、わたくしにもあるのかと聞いた。
「わたくしにはあの部屋から持って行きたいものはございませんでしたので……この鞄一つで事足りてますの。無ければ後で買い出しに行きますし」
と、魔界から持ってきたハンドバック大の鞄を顔の位置に掲げて見せる。
すると、マクシミリアンとアリアンヌは絶句した。
「……だ、だめだろう、それは……少ないとかいう問題以前に……」
「それは荷物がない、っていうんじゃありませんか……?」
どんな生活してたんだといわんばかりに憐憫の目を向けられ、わたくしは言葉足らずだったんだなと気づいた。
この鞄はマジカルな鞄で……お財布機能がついているほか、最大100個のアイテムを納めることが出来る。
なので、外からは何も入らなそうな鞄の中には……ハンカチや下着、服、スキンケア用品、魔術や錬金術の本などがぎっしり入っている。
しかし……鞄を開けても持ち主認証してあるから他者からは取り出せず、人の前で鞄を開けて見せても、中身は空にしか見えないはずだ。
だから、誰かがわたくしの持っているものに目を付けて、鞄を物色しようと思っても……出来ないのである。
でも、それをいちいち説明するのも面倒だし、知られると隠す事が可能だってこともバレるし、そんな高性能の鞄をどうやって買ったのかと言われても困るから、適当に微笑みを向けて誤魔化しておいた。
「リリーティア、本当に平気なのか? 買い物は入学式が終わったらすぐ行け。そうだ、金がないなら幾らか……」
「マクシミリアン……様。お気持ちは大変嬉しいのですが、わたくしもジャンも幾らか持っております。金銭面も心配なさらなくて大丈夫ですわ。ただ、買い出しの許可はいただいておきますわね」
両親がわたくしに何の興味も無いのに、部外者のマクシミリアンがそんなにワタワタして、お小遣いまで出そうと小切手まで用意しちゃって……あんたはわたくしのお父さんか何かか。
それにわたくしは……魔界にいる間、魔力が豊富に含まれている水をラズールまで売りに行くという労働をし、都度破格の代金を手に入れていたのだ。
その代金は主に魔界の活動資金……と生活費に分かれるが、有事のために魔界用の貯蓄と、自分用の貯蓄も分けていた。というわけで、買い出しもわたくしの貯蓄用のものを使うから問題無い。
しかし、マクシミリアンは世話焼きだなあ。
「……あなた、ほんとお人好しですわね……昔からわたくしにこんな感じでしたの?」
すると、マクシミリアンは小切手をしまいながら、昔を思い出しているようなそぶりを見せる。
「……確か……きみと一緒に出かけると、大体俺が払っていたというか払わされていたが……買ってくれないと分かると怒り始めるからな。そのくせすぐ飽きてまた別のものが欲しいと言い出して……今はどうなんだ? ものは大事にするようにな」
――まじか。リリーティアは様々な人に迷惑掛けまくってるじゃねーか!
どれくらい昔からマクシミリアンはリリーティアの金づるとして使われていたのか分からないし、そんなの知りたくないけれども、ほんとごめんなさい……。
もう昔の話だし、毎回のことだから慣れていたと笑ってくれる聖人マクシミリアン様の言葉に、わたくしは申し訳ございませんと何度も告げながら、四人で中央棟に向かっていった。
◆◆◆
中央棟の講堂で、入学式は行われることになったのだけど……。
講堂はかなり広く作られてあっても、内部は人でごった返している。
わたくしたちははぐれないよう、マクシミリアンの後をついているのだけど、人に押されてうまく進めない。
「ほら。手を離さなけりゃ、はぐれるこたぁねーだろ」
途中でジャンが手を差し伸べてくれたので、遠慮無くその手を取った。
「ええ……ありがとう。助かります」
ぐっと強く握り返された感覚はちょっと気恥ずかしいけれど、数年一緒に行動しているという安心感か、嫌だと思う気持ちはなかった。
そう、ジャンは口の悪いお兄ちゃんみたいなポジなのだ。
「やはり、国内外から集まっているんでしょうか? 老若男女たくさんおりますわね……」
「募集したより遙かに多い希望者が来たらしいぜ。入学出来たって事は国が求める素質をクリアできているわけだし、制服は自腹で買うにしても、寮があるんで住の心配も要らねえ。半年残れたら、総合能力次第では給料出るんだろ? そこまで残りゃ、食も保証されるし金は貯まるし破格の待遇だ」
「……確固たる意思があるから入学したわけではないのですわね」
「そういう奴がいねーことも無ぇんだろうが、暮らしを考えると難しい。生活は第一に考えるだろ」
そうか……生活を優先して学院に入る人もいるのね。
わたくしが納得していると、楽じゃないぜ、とジャンが周囲を見ながら小声で呟く。
「生き残りたい奴は必死だからな。自分のために他人を蹴落とす奴もいるし、影で小細工する奴もいるはずだ……貴族ってだけで憎む人間もいる。ここで残りたかったら、隙を見せるなよ」
そんな怖いことを吹き込んでくるのだが、悲しいかなジャンの勘は当たる。
一応うんと頷いておいた。
10時から入学式をするということだったので、時計を確認すると――まだ5分くらい時間がある。
ぼーっと始まるのを待っていると……アリアンヌが妙に落ち着かない様子だった。
「アリアンヌさん。なにをそんなにキョロキョロと……大人しくなさい」
「あっ、すみません……あの、クリフォードさま……いらっしゃらないなって」
恥ずかしそうに頬を染めてもじもじと身を揺らすアリアンヌ。
そう言われてみれば、クリフ王子の姿がどこにも見当たらない。
「入学しないのではないかしら」
「何をバカな。殿下は入学式に代表としてご挨拶されるんだ。準備があるのでこちら側にはいない」
簡潔にマクシミリアンがそう教えると、アリアンヌは、そっかぁと悩みが吹き飛んだような晴れ晴れした顔をする。
王家として、そして貴族側の代表としてということは……同じく出資した、教会側の生徒代表とかもいるって事かしら。
そうなると、多分彼だろうなと予想し……しまった、と悔やんだ。
選んだ学科を聞いておくべきだった……! あ、でも多分教会の人間だから魔法学科だろう。結局誰とも一緒の学科にはならなかったな。
もしかしたらジャンなら何か知っているかも。でも、マクシミリアン達がいる前では聞くのも憚られる。
学校で会うこともきっとあるはずだから、そのときに――……。
『まもなく、セントサミュエル学院第一回入学式を始めます。静かに待機してください』
女性の声でアナウンスがあり、ざわざわとしていた会場は水を打ったようにしんと静まりかえる。
いよいよ始まろうとしているんだ――……。