【魔界で従者を手に入れました/35話】

ルシさんに慰めてもらいながら、ちょっと落ち着いてきた私は……これからどうするべきかを自分なりに考えることにした。

多分、素人の小娘が考えられることなんてそんなにない。

学園は本当にどこにでもある普通科だから、話術や戦術なんか教えてくれないし。

そういうところでは教えてくれない、こういった戦争に発展するかもしれない交渉。

海外……中東とかじゃ、そういう交渉の場は多くあるんだろうけど。ホント、国連とか外交官とかすごいよね。どこで学ぶんだろ。

とにかく……私はこの城が襲われるのも、ヴィルフリートを引き渡す事も、ルシさんやクライヴさんが痛い目に遭うのも嫌だし、自分が痛い目に遭うのも嫌。出来れば穏便に、魔王エスティディアルには提案を取り下げてもらいたい。

「……ルシさんが魔王だったらさ。
あなたの欲しいものはあげません、仲間にも私にも手を出さないで帰ってください――って言われたら、どう?」

すると、薄明かりに照らされるルシさんは非常に穏やかなお顔で『こちらの提案をすべて受け入れず、そのような交渉しか持たぬのではお話になりませんね。直ちに倒します』と言った。

「やっぱり、そうだよね。一応譲歩してやった内容を頑なに拒まれたら、当然怒ってもっと苛烈な行動に出る、かなぁ」
「そうですね。間違いなく、ルカさんは帰ってこられません……捕まるか、殺されるかは別として」

怖いことを平気で言ってくるルシさんだけど、これは私の会話に耳を傾け、現在置かれた状況から希望的予測を入れず冷静に判断してくれているんだろう。

それは非常にありがたい事であって、心強い事でもあった。

頬に当たるルシさんの柔らかい羽根は、ちょっとくすぐったいけれど、いつか外で見たときと同じように淡く光っている。

「……ルシさん、いつも羽根光ってたっけ……?」

手で触れてみても、それは変わらない。ちょっと薄い灰色っぽく見える部分があるけど、まだ全体は十分白い。

「何もしていない時は光っていないですよ。
力を使うとき度合いにより発光が強くなったりするのですけど、今は微弱ではありますが、力を使用させていただいています」

力を使用して……? 部屋を浄化しているのかと尋ねると。彼はゆっくり首を横に振る。

「人間が穏やかな気持ちでいられるよう、清浄な気をルカさんに流しているのです」
「え……」

思わぬ言葉を聞いた私が、驚きつつもルシさんを見上げると――彼は本当だというように首肯した。

そうか、こうしてルシさんが来てくれたのは……そういう事だったんだ。

「ルカさんは、笑っている方が素敵です。貴女の顔を怒りや悲しみで曇らせたくはありません。
ましてや、嫉妬などは……もってのほかですから」

穏やかだったルシさんの表情はそのままだったけど、紫紺色の瞳には寂しげなものが浮かんでいた。

「ちょちょ、ちょっと待って、ルシさん。私は嫉妬してるから怒ったりしてるわけじゃないよ!? この環境を壊されたくないからだよ!」

嫉妬と聞いて、私は焦りながらも断固否定する。だって、別にそんなことホントに考えてないもの。

確かにちょっと、面白くはないなって思ったのは認めるけど……ヴィルフリートに彼女がいたことに不満があったわけじゃないし。

むしろ今までいないわけはない、と、心のどこかで思っていたし。

物憂げなルシさんは睫毛を伏せると、そうですか、と小さく呟く。

私を慰めてくれていたはずなのに、急に自分が落ち込んでしまったルシさん。ど、どうしよう。

困ってじりじりしている私に気付いたルシさんは、ハッとしてから『ごめんなさい』と謝ると、またいつものような表情で私を見てくれる。

今思ったけど、ルシさんって私の見えない所でいろいろ悩んでいるのかもしれないな……。


「……気が利かなくてごめんね。自分の感情とか、皆の気持ちとか……ルシさんみたいに感じ取るの下手で。
ルシさんだけじゃなくて、ヴィルフリートの事も、もうちょっと考えてあげられたらよかった。
それにクライヴさん……立場を弁えてるからいつも口出ししてこないのに、今日は私を止めてくれたもの。
もうちょっと、二人の主人らしく頑張らなくちゃいけないね……ありがとう、私の事を考えてくれて」

そうして、ルシさんの胸に手を置くと……もう一方の手で頭をそっと撫でてあげた。

さらさらの髪の毛はやっぱり指触りが良くて、指の間をくすぐるようにしてすり抜けていく。今更言うけどルシさんの頭上には、天使のイメージの一つである光輪はない。

堕天したからではなく、出会った当時の現役天使状態からなかった。まぁ、後光が差しそうな神々しさはあったけど。

「ル、ルカさん……恥ずかしいですけど、貴女に撫でていただくと……とても嬉しいです。胸の内から暖かくなる」

頭を撫でられたルシさんは私の行動に意外そうな顔をした後、恥ずかしがるような……いわゆる含羞み顔をしながら、されるがままになっている。

か、かわいい……! かっこいいのに可愛い表情も持ちあわせちゃダメでしょルシさん!

だいたいさぁ、ヴィルフリートもルシさんもいろいろな萌え属性を持ちあわせすぎなんだよっ。特にこの堕天使。

ちょっとヤンデレで、子犬みたいな面もあれば、真面目かと思ったら破天荒だし、かっこいいけど可愛い。

――いかんな、こういう雰囲気で二人っきりは。なんか妙に意識しちゃいそ……

ルシさんの頭を撫でていた私は、ふと部屋の扉の方に目を向けた。


なんともなかったはずの床の一部が波立ち、ルシさんは私の手をとって離したあと後ろをすぐに振り返る。

「待てど暮らせど、クソ天使が帰ってこないからどうしたかと思ったら……おい、ルカ。もう頭は冷えたのかよ」

にゅるん、といった感じで床から瞬時に飛び出してきたヴィルフリート。ど、どうなってんのこの床。ワープゾーンなの?


足音もなく着地したヴィルフリートは、私の視線が床に釘付けで、なおかつ足先で床をちょいちょい叩いているのを見て『何もねぇよ』と言い切った。

「何もないわけじゃないが、お前に反応するようなものはない」

安心できるような、安心できないようなことを言いながらヴィルフリートは私の前に歩み寄って……数秒私を見つめると、ルシさんとは反対側、私の隣に移動してベッドに腰掛けた。

う、なんか、さっき勢いのまま言ってしまった言葉が頭の中を駆け巡る。

そう、ヴィルフリートに謝らなくっちゃ。

「あの、ヴィルフリート」

息を気持ち大きく吸いこんでから、軽く気合を入れてヴィルフリートに顔を向けた。

「……ルカ、真面目な話がある」

しかし、私の言葉は私より真剣な顔をしたヴィルフリートに止められる。

ヴィルフリートがルシさんの方へ視線を送ると、空気を読んだデキる子ルシさんは、すっと立ち上がって、私に軽い挨拶を残すと部屋を出ていった。

ドアが閉まる音を聞きつつ、私はヴィルフリートに見据えられたまま背筋を伸ばした。

「……大事な話って、なんでしょう……?」

私も大事な話(というか謝るだけだった)をする予定だったんだけど……。

すると、ヴィルフリートは私の肩へ手を置いて、じっと私を見つめたかと思うと『さっき言ってたことだが』と告げる。

「俺は、お前を不要だとは思っていない。ルシエルに対してはともかく、お前を邪魔に感じたことだって一度もないぜ」

そうして、手の甲で私の頬に触れて……自嘲するように笑った。

「やっぱり悪魔の言うことなんか、信じられないか?」
「――そういうわけじゃないよ。でも、その前に私からも謝らせてほしいの。
さっきは……酷いことを言ってごめんなさい。ヴィルフリートの話もちゃんと聞いてあげてなかったし……
それに。ヴィルフリート、なんとなく違う香水の匂いがしたから嫌だった」

香水? と聞き返して、ヴィルフリートは自分の上着に顔を近づけた。

くんくんと匂いを嗅いでから、思い出したように『ああ』という声を上げる。

「これは、エスティが身を擦り寄せてきた時のだな」
「…………ふーん。エスティ、って呼んでるんだ。女の子には誰にでも馴れ馴れしいんだね」

親しさを感じさせる言い方は――私の気持ちを少しだけ乱すから、私の言葉もなんだか棘が混じる。

それに対し、ヴィルフリートは『昔の話だろ』と肩をすくめる。

「昔は、あいつを愛してた。だが、永い年月は人間だけじゃなくて悪魔だって変えちまうモンだぜ。
俺達は別れて、今、俺にはお前がいる。城にはニーナしか入れていないし、他に女遊びだってしていないだろ? 一途もいいところだぜ?」

言われてみれば確かに女性は私の周りにいないし、しょっちゅう私の側にいるヴィルフリートには、浮気も遊びもしている暇は無さそうだけど。

「それとも何か、ルカ? お前は俺の過去まで自分しか無いように塗り替えたいのか? フッ、随分独占欲が強いな。病的だぜ」
「ち、違うよ!! ヴィルフリートの過去は、もうそれでいいわよ! ただ……魔王がヨリを戻したいって言ってくるなら、嫌いになって別れた……わけじゃ、ないっぽいし」

私の言葉を黙って聞いていたヴィルフリートは『へぇ』と意外そうな声を出して目を丸くした。

「恋愛もしたことがないと自ら豪語する我が主人は、恋愛音痴の割になかなか勘だけはいいじゃないか。
なんというか、連絡も頻繁に取っていなかったし、お互いその時は仕事も多かったからな。
その生活の中でエスティが別れを切り出したんだが――確かに、俺はフラれた訳だ」

なんでもないことのように言ってくるヴィルフリートだが、フラれるって相当辛いと思うんだけど……。

「……悲しくなかったの?」
「んー……多分、それなりに悲しかったぜ。その痛手を癒すために、仕事と女に費やしたが」
――いいんだかダメなんだか。

でも、そうしていないと忘れられなかったんだろう。

私……もし、好きな人ができたらどうなんだろう。告白してフラれる事を考えるだけでも、ちょっと胸が痛い気がする。

「…………もし私がヴィルフリートを嫌いになったら、昔と同じようになっちゃうの?」

すると、ヴィルフリートは一瞬言葉を詰まらせてから……どう言おうかと悩んだようだ。

「お前が俺を嫌うことがあったとすれば、それは仕方がないことだろ。
人間は綺麗なものや真実が好きだ。だが、嫌いになったところで――お前が苦しいだけだぜ。毎日嫌いな男と身体を重ねないといけないんだからな」
「そ、そういう……性的なことはさておきで聞いてるんだけどっ……!
それに、嫌いな時期は……もう通り越したもの。余っ程じゃない限りはもう来ないわよ」

嫌いじゃないから、こうして色々聞いてしまったりするわけで。

それをどう解釈したのか、ヴィルフリートは薄笑いを浮かべて、手を肩に戻したかと思うと――そのまま私をベッドに押し倒した。

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。ちょっと燃えたぜ」
「燃えんでいいっ!! ちょっと、離れなさいよっ! まだ話は終わってないから……」

終わればいいんだな、とかバカな事を言ってくるヴィルフリートを押し戻し、乱れかけた襟元を直す私。

「とにかくさ……魔王の要求に対してこちらに策がない以上、結局話し合いをしなくちゃダメだと……思うわけよ」
「策も何も、俺はあいつの部下にはならないって、さっきも言ったろ? お前のせいで争いが起きちまうんだ。なんて罪作りな女だ」

適当にからかってくるヴィルフリートだったけど、私がむくれた顔で睨むと仕方なしに口を閉ざす。

「……とにかく、行きますから。あなたにも同席してもらうわよ。私一人じゃ自分の身すら守れないんだもの」
「わかった。お前の全ては必ず守る。安心して俺に身を委ねとけ」

全ての意味、この人わかってるのかな……。

「あのねヴィルフリート。私が守りたいのは、自分のことだけじゃないって言ったでしょ。
あなただって、ルシさんだって、クライヴさんだってその中に入ってるんだからね?」

しかし、ヴィルフリートは案の定不機嫌そうな声で『待て』と止める。

「俺は当然として、ルシエルも……仕方がないとする。なんでお前の大事なものにクライヴが入ってるんだ?」
「クライヴさんは、あの変態吸血鬼騒動に巻き込まれてここにいるんだよ?
そのうえ、こんなことにまで……無事に帰してあげるのは当たり前でしょ!?」
「クライヴは自分の意志でここにいるんだぜ。その間、俺達のために力を貸すのは常識だろ?
それとも、お前がクライヴだったら――とっとと見限って逃げるか? お前にはあいつがそういう薄情な感じに見えるのか。へー」
――う、うう。なんかプライドとか、人間の情というか義理に染みる言葉で責めるなぁ。
「……戦います……」
「ほら見ろ。何も不思議はないぜ」

なんだかよく分からないうちに言い負かされた私は、はぁ、という気のない返事をすることしか出来なかった。



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