【魔界で従者を手に入れました/33話】

まだひりつく頬に熱を感じつつ、自城へと帰ってきた俺は、城内の様子を感覚で探る。

術を張り巡らされた城内は、俺の視たい場所を自由に視る事ができる。

言い換えれば俺の身体の一部のようなものだ。

しかし、ルカの気配はそうしなくとも、すぐに分かる。

気配は地下からか……ルカは、案の定ルシエルと一緒にいる。二階の奥にも気配を感じるが、これはクライヴだろう。


やはりというか当然というか、ルカとルシエルが一緒にいて何事もない――わけはない。

ルシエルは暇さえあればルカと一緒に行動を共にしたがる。ガキじゃねぇんだから、くっついて歩くことはないのにな。

それに俺は留守だった。邪魔な奴が夜まで帰ってこないなんていうチャンスを逃すわけもない。

逆に、これで何事もなければ言うほどルカを好いていないのだと安心できる部分ではあるんだが。

……二人きりにしておきたくはないな。

覗くわけではないが、ちょっと聴覚視覚の感覚を広げてみるか。

もう一度眼を閉じて、地下にあるルシエルの部屋へと感覚を延ばす。

視覚より先に聴覚が繋がり、音を捉えた。

『あっ……、あんっ……!』

耳に響くルカの声は、既に甘くて蕩けている。

どちらのものともつかないはぁはぁという荒い息遣いは、興奮によって獰猛なものに跳ね上げられていた。

野郎、ガッつきやがって。意地汚ねぇ堕天使だな!

聴覚のあとはすぐに視覚が繋がり……蝋燭のわずかな炎が揺らめく薄暗い室内が視えた瞬間、行為に没頭していたはずのルシエルが素早く顔をはね上げた。

どうやら、堕ちても腐っても元セラフ。実力だけはあるようで、俺が視ていることに気づいたな。

『ルカさん……とても厭らしい顔をしていますよ。でも、僕の前ではもっとふしだらになってください……』

荒い息をつきながらそう言って、腰を強くぶつけるようにして進めている。

何言ってんだ。ふしだらなのはお前のほうだろ。

『うぁんっ、や、あぁーっ……!』

快感に痺れる精神が、汗の浮くルカの身体を跳ねさせた。

ルカが動けば、たわわに実った果実のような豊かな双丘が自身を主張するかのようにゆさゆさと上下に揺れる。

しっとりと汗ばんだ身体は、蝋燭の炎に照らされて扇情的に映しだされた。

ルシエルにいいようにされているのは面白くないが、セックスの最中、泣いているようにも聞こえるルカの声も俺は好きだ。

通常だと、感情などで言葉も声も左右されるからあいつも生意気なことを言ったり、声が不機嫌だったり。

それはそれでいいんだが、それが続くと俺だって苛つくことはある。

しかし俺が教育したおかげか……快感には非常に耐性が薄く、それを与えて欲しいと思えば、かなり素直になる。

だからわざといい所で動くのを止めたりすると、焦れたルカは媚びたり甘えて懇願してきたりするのがたまらない。

上手くおねだりができれは、俺からご褒美を貰えるため、時折自分からアレンジを加えたりしてくる可愛らしいところもある。

そんな、愛すべき主人の乱れる姿をもう少しじっくり視ようとした矢先、気配に顔を上げてからずっと、視線をせわしなく動かし出処を探っていたルシエルは、大体この辺からだ、と目星をつけたらしい。

薄汚れてきた白い翼をばさりと広げ目隠しにしやがった。

……生意気に、その勘は当たっている。

俺の視ている部分は、ルシエルの羽とルカの足首だけになってしまった。

だが、そんな抵抗は無意味だ。視線を移動することなど簡単にできるんだからな……。

前に回り込もうとすると、視えている風景が歪み、俺自身が実際に見ている居間からの景色……が鮮明に映った。


そうなる理由として、城内部を視るとき視点は二つに分かれる。


俺が実際肉眼で見ている景色や物体と、俺が城に張り巡らせた術式に神経を集中させて、感覚で視ている景色や様子だ。

両方平等に意識を傾けなければならないため、慣れるまではうまく距離感が掴めなかったこともあったが、もう何百年と生きているからな。さすがに他の作業をしていても、神経の集中の強弱調節くらいは自在に行うことができる。

それほど使いこなしているのだから――集中していて視界が歪むなどということはまずありえない。

ルシエルが俺の集中を妨害しない限りは。つまり、俺はルシエルによって邪魔されている、という事だ。

【ヴィルフリート、もう帰ってきたのですか。 もっと遅くなると思っていました】

おまけに、あいつはルカを抱いて口説きながら、気配を関知・特定し、俺の視界を乱しつつこんなふうに俺の頭に語りかけてくるという器用な事までやってきやがる。

精神の使い方は、あいつのほうが俺より巧いようだ。

ま、精神の抑えが利かないところは、あいつの未熟なところだな。

【いろいろ面倒になったぜ。その経緯話もあるから早々にルカをこっちに寄越して欲しいが……その様子じゃ、そっちもだいぶ愉しんだろ? いいな、夜は交代しろよ】

しょうがないですねとルシエルは残念そうに答えつつ、もうすぐ終わりますから覗かないでください、と言う。

『ルシさん……っ、もう、私、無理……ぃ……!』

ルカの声がちょっと辛そうだ。

『はい……僕も、もう達してしまいそうです……』

勝手に早くイッちまえよ。

しかし俺がまだ耳をそば立て、出ていく素振りがないのが気に入らないようだ。

あろうことか、ルシエルは俺が聞いているのを知りながら、ルカにこんな事を言い出した。

『ルカさん……嘘でも構いません……一度で良いんです。
僕を……誰よりも好きだと、愛していると言ってください。それだけで僕は……満たされます』

どさくさに紛れてとんでもない要求をしてやがる。本当に図々しいな。

しかし、それは嘘じゃつまらないだろ。

――それでも良いと思えるほどに、強くルカを欲しているのか、ルシエル……?

『……言えない』

重くなったルカの声に、一瞬言葉を詰まらせたルシエル。

『……嘘でもダメですか?』

顔は見えないが、この声音からして……きっと悲しい表情をしているんだろう。

そんな従者に、主人は『嘘はだめ』とはっきり答える。

『ルシさんやヴィルフリートには、そういう嘘はつきたくないから……。
ただでさえ、私は二人が自分を好いていてくれることも知ってる。なのに、応えてあげられない。
二人のことは人間的な意味で好きだよ。でも、恋愛って、そうじゃないよね……嘘ついてまで傷つけて縛りたくない』

大切にしたいから、偽りの愛はイヤだとルカは言っている。

ルカ……多分言っていることは本当なんだろうが、俺達を好いてはいけない明確な理由があるだろ。

【好きにならないのは妊娠したくないからだぜ】
【ヴィルフリートは黙っていてください……】

ルシエルはだいぶショックを受けてるぞ、ルカ。何気にナイーブだからな、こいつ。

『ごめんなさ……あっ、ンッ……! ルシさ、ん……! 大切なの……、二人共、本当に……たい、せ……つ、でっ……!
あふっ、ルシさ、ん、ごめんなさい……!』
『ルカさん……! 僕は、貴女を愛しています……! ヴィルフリートより、誰よりも……!』

愛の告白はいいが、勝手に俺を引き合いに出すなよな。

そもそも、俺だってルカにはきちんと好きだと言ってるぜ。


――……好き、じゃダメなのか?

ふと、俺は昔を思い出した。

エスティと付き合ってた頃の事。

あいつとは同棲はしなかったし、毎日会っていたわけでもない。

互いに仕事を持っている身だったし、長いときじゃ3年くらい連絡もしなかった頃もあり、エスティも何も言わなかったしな。

よく理解してくれているんだと思ったが、そんな生活が10年くらい続いたときか。

『わたしたち、別れましょ』

エスティが疲れた顔で唐突に切り出した。

『……なんでだよ?』
『わからないの? ヴィルは、わたしをちっとも愛してない。
ただの一度も、愛しているって言ってくれなかったじゃない? わたしが他の男と一緒でも、何も言ってくれない。
だから、辛いの。一緒に居るのに、あなたはわたしを見てない。いなくても変わらないみたいに。
ヴィル、あなたは誰も本当に愛せないんだわ』

そんなエスティの恨みがましい言葉を思い出す。

もしかしたら、その時に『愛している』と言ってやれば良かったかもしれない。俺は試されていて、それは仲を修復できる最後のチャンスだった……のかもしれない。

だが、俺はエスティの気持ちを理解できなかった。

『嫌なのか』
『当たり前じゃない! そんなの――だれでもいいのと同じよ。辛すぎるわ』

だから別れたいのなら、それでもいいと言い残して、俺はエスティの元から去った。

何をどうして欲しいとか、そういうこともお互い無かったのだと――判ったからな。


それなのに、なんで今さら300年も経って急に言い出したんだ、あいつは。

俺には、こうして――ルカがいる。

もしも、もしもルカがいなければ、俺は……?



『んくっ、ルシさんっ……! ルシさぁ、んっ!』
『ルカさん……! 僕は貴女の側に、ずっと居ます……ずっと待ってますから……!』

もうイきそうなルカに、同じく持たないらしいルシエル。

もしあの時ルカが処女だと分かったら、どんな条件を出しただろう。

主人にしなかったのは間違いない。精々メイドと同じような扱いか、追い返しただろう。

そうすると、ルシエルも俺に会うことはなかったかもしれない。クライヴも、そうか。

――ルカが、良くも悪くも俺を変えたわけか。
【ヴィルフリート、早く出ていってください。後で居間に行きますから!】

ルシエルが俺を追い出したがっているので、無言のままそこから神経を抜いた。

ソファに身体を埋め、ふぅと息を吐くと目を瞑ったまま――暫く俺は考える。

ルカは、俺を愛しはしない。それは犯されたという肉体と精神の苦痛もまだ残っているはずだ。

だが、それでも大切だと言ってはくれる……ルシエルとどちらが上かは選べない程度には。

かくいう俺も、仮にエスティとルカ、同条件だったらどちらを取るのか……。

いい女は勿論欲しい。その点、エスティは申し分ない。スタイルも良かったしな。

だが、ルカはルカで……。純粋な所が良い。身体の方も育てた甲斐があって具合も素晴らしい。

今現在、エスティは俺を欲していて、ルカは……どうなんだろうな。

俺よりルシエルを大事にしているようにも見受けられるところが多い。



「ちょっと、ヴィルフリート。帰ってきたなら『ただいま』って言いなさいよ」
――急に声をかけられて、俺は閉じていた目をうっすら開ける。

ちょっと不機嫌そうに、胸の前で腕を組んで仁王立ちしているルカがいた。

ルカが身支度を整えてここに来るくらいの長い時間、俺は目を閉じていたのか……。

そんな主人は白いシャツとジーンズという、これまたダセェ格好をしているが……こういう方がルカらしくていい気もする。

「……ただいまって言えば、すぐに出てきてお帰りとか言ったのかよ?」
「…………少し、時間は……かかったかもしれない」

恥ずかしそうに視線を逸らしたルカ。まぁ、お前が何やってたかは視ていたから知ってるけどな。

ルカの手を引いて、自分の上に座らせると……その細い体を抱きしめた。

「ヴィルフリート……?」
「お前の身体、抱き心地いいんだよ。ちょっと今は他の男の臭いがするけどな」

少し身体を硬くし、ルカは言葉を詰まらせるが……別に責めているわけじゃない。

「……なぁ。もし、俺とお前が仮に恋人だとしてだな」
「なっ、なに急に!?」

お前こそ何恥ずかしがってんだよ。仮にって言っただろ。まったく、変なところ可愛い反応を示すな。

「まぁいいから聞けよ……で、何日も何ヶ月も会えなくて、急に別れてくれって言われたら……お前はどうする?」

すると、ルカは非常に情けない顔をした。

「彼氏いた事ない人に、なんでそんな質問するの?」
「……仮に、だ……。想像できないならいい」

ったく、想像力のない女だな。

俺のため息が聞こえたのか、それともルカなりに考えたのか……。ルカは可愛らしく『んー』と悩み、俺と視線を交わらせた。

「……私は、嫌だよ。重いとか言われたならそれは……諦めるとか、変える努力はしたいっていうかな。
だけど、私の顔を見るのが嫌だとか、声も……聞きたくないなら、どうにもならないけど」

すると、ルカは俺の首に抱きついて首筋に頭を預ける。

「ヴィルフリートは、私が……嫌いになった?」
「なん……」
「だって……今朝も、傷つけちゃったし……好きだって言ってあげられない。
普通の男の人なら、嫌いになるよね……」

悲しそうな声音でそんな事を言ってくれるので、俺はそっとルカの顔を上げさせて、まっすぐ見つめた。

少し、思い悩んだのかもしれないな……。

「……ルカは、俺が離れたらどうする。ルシエルが側にいてくれれば、あいつを愛せるか?」
「……っ、なんで、そんなこと急に……」

ルカは哀しげに頭を振って、嫌だとはっきり答えた。

「やだ。私はだらしがないのかもしれないけど、ルシさんもヴィルフリートももう私の大事な人。
私が死ぬまで、側に居ないと嫌。誰にもあげないから! 私のなんだから、嫌いにならないで……!」

そうして、俺にまた抱きついてくるのを受け止め、こちらから唇を奪うように重ねる。

弱々しいが、俺の上着を握り締めるルカの手を取って、指を絡めた。

「バカだな、お前。それは、好きって言ってるようなものだぜ」
「……嫌いじゃ、ないもん」

顔を赤くして何いってんだお前は。本当に、可愛いな……。

「……バカは俺の方かもしれないな。すまない、ルカ。悲しませたな……」
「本当に、嫌なら言って。その時は……」

その続きを言わせないように、俺は軽くついばむようにキスをした。

湧き上がってくるのは愛しさと、手放したくないという支配欲。

ルカ、お前はニーナに売られた形で来たが、それこそ、俺と愛しあう為に来たっていっても過言じゃないぜ。まさか、自分でそう感じるとは思わなかったが……。

「お前が俺を嫌わない限り、嫌いにならない……お前もそうだろ?」
「ん……」

照れて笑ったルカに、俺はいつもより真面目に気持ちを告げた。


「愛している」

「…………うん。ありがと……嬉しいよ」

顔を赤らめて、若干目を潤ませてこくり、と頷いたルカだが……お前、気づいてないな。

「ルカさん……僕がいくら言っても頷いてくれなかったです。そんな顔もしてくれませんし」
「……ルシエル、そこに立たれると部屋に入れない」
――お前の後ろで、ルシエルがさっきからハラハラしながら俺達の様子を伺って、クライヴがその後ろで無言のまま状況を観察していたんだぜ。

「ひゃぁああ!? なんで、なんでみんないるの!?」

俺の上から退いて、くるりと後ろを振り返ったルカは、大いに慌てふためいて手足をばたつかせた。

「ヴィルフリートが話があるそうなので……まさか、これを見せるために僕を呼んだのですか?」

ぎらぎらとしたルシエルの眼。最近、こいつ悪魔っぽくなってきてねぇか?


その割にはこいつの羽根はなかなか黒くならねぇし、何なんだよ。

「――さて、どうだか。まぁ、ルカは俺を随分好いているようだ。悪かったな、見せつけて。お返しに貰っとけ」
「お返しなんかいりません! 勝手に覗いていたのはそっちでしょう!」

覗くという言葉に反応したのは、ルカだった。

「あんたねっ、何勝手に覗いてんの!? バカ、痴漢!」
「人聞き悪いな。城主が城に異変がないか、従者として主人がどうしているのか確認するのは当たり前だろ?
それに、痴漢っていうのは――こういう事を公然の場所でする奴のことを言うんだぜ」

ルカのシャツの下へ無造作に手を入れ、生意気に存在を主張する大きな胸を揉みしだくと……可愛らしい悲鳴が上がった。

「好きだろ、こういうの」
「嫌いっ! 大嫌い!」

ウソつけ。少し身体が反応してたぜ。まぁ、俺達は知っているとしても何も知らないクライヴも見ているし、好きとは言えないよな。

「……とにかく。話があると言っていたのはヴィルフリートですよ。ルカさんにふしだらな事をしないで、早く話してください」

俺からルカを遠ざけ、自分の横にルカを座らせたルシエル。ちゃっかり腰に手を回して、何してんだお前は。

まあ、あまりふざけていては、ルカかルシエルに殴られるからな。

「…………わたしは、居ないほうがいいか?」
「いや、居てくれたほうが助かるな。環境に関わることだ」

クライヴも頷いて近くの椅子に座ったので……俺は話を切り出すことにした。



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