犯されてからお風呂に入ってもいないっていうのに、ていうかお風呂入れてくれるはずだったのに、お風呂場で再び犯されて――。
流石にぐったりとした私の身体をさっと洗い流すと腕に抱え、右頬を腫らしたヴィルフリートは湯船に浸かっている。
さっきの変な草はその辺に追いやったままだから、私は見えないように視線は逸らすんだけど。
そうするとヴィルフリートを見てるしか無いわけで。
加害者と被害者は抱きあうような格好で風呂に浸かっている。
ヴィルフリートは頬をさすり、唇を尖らせた。
「お前のビンタ強すぎねぇか……?」そう。私にまたあんなことしておいて、平手が痛いとか平然としているわけで。
「おいおい。お前だってたいして抵抗してなかっただろ?それに、優しく抱いてほしきゃおねだりしろ。そうしたら、そうしてやらないでもない」
「ぶゎっかじゃらいひょ!?」
前回はそうでも、今回に関しては『無理やり』という言葉に文句があったらしく、ヴィルフリートは不満そうな顔で私の頬をつねる。
痛くはないけど、気安く触りすぎでしょ、こいつ……!
私買われたって言っても、被害者なんですからね?!
ていうか、つねられてるせいで『バカじゃないの』って言おうとしてうまく喋れず、入れ歯を忘れたお年寄りみたいにフガフガしてしまった。
頬にかかった手を払いのけて、自分の頬をさすりながら、
「あんたにおねだりなんか、死んでもごめんだわ!」と吐き捨ててやった。
「……ふぅん?」何か思うところがあったのか、ヴィルフリートは納得したようなそうでないような、あいまいな言葉とニュアンスを返して私をじっと見ている。
文句があろうと、私だって充分あるんですからね?!
しかし。
初めて会った時もそう思ったけど、彼は……ものっ……すごく、美形だ。
今まで見たどんなイケメンよりも全体的に整っているし、鼻筋もすぅっと通っている。
そうなるとフツー顔がギリシャ彫刻みたいになるけど、不思議と顔は濃くない。
肌の色は……白人さんより白いな。青白いほどではないけど、じゃあ健康そうかと言われると難しい。
耳も人間と同じくらいの大きさだけど、先が少しだけ尖っている。
髪の毛はまとめてないから……あーあー。浴槽の中に入って水中に広がっちゃってるよ。
そうか、さっきからフワフワ腕とか胸に絡まるのはこれかっ! 人格だけではなく、髪まで馴れ馴れしいにも程がある。私より髪の毛も綺麗だし。なんか悔しい。
赤い目の色も、ガラス細工みたいに透き通っていて綺麗。
ああ、こういう場合は宝石みたい、とか言ったほうがいいのかな?
口は少し薄い。でも、なんか肌が白いせいか、お風呂に入っているせいか。
赤みがさして美味しそうな色をして……って、何考えてるんだ私。
結論を言ってしまえば、私の少ない人生の間で見てきた、いわゆる『イケメン』達が足元にも及ばない程度には素敵だ……けど、性格はエロいし酷い。なんたって、人の嫌がることを平気でしている。
悪魔だからそういうのはしょうがないのか。
「風呂から出たら、主人に会わせてやるから小奇麗にしろよ。あのダセエ服か、と辟易した顔で評価してくださる黒髪の悪魔。ダセー、ダセエってうるさいな。
すいませんね、ダセエ服しか持ってないよ。
「俺の城に女の服なんざ無ぇんだよな……チッ、あいつに出させるしかないか……」あいつって誰だろう、って思っていると、風呂に入ったままヴィルフリートは『ニーナ!!』と声を張り上げた。
「女の子いるんじゃん!!」何故かムキになるヴィルフリート。
すると、浴室の扉が開いて――レディが姿を見せた。
立ち聞きと聞いて、私はびっくりしてレディ……(ニーナっていうのが彼女の名前らしい)に問いかけた。
すると、ニーナは妖艶に微笑んで『エッチする前からですよ』と言ってきた。
つまり、私たちがお風呂に入ってすぐに来たんだ。
「今は痛くても、もう少し続けていけばだんだん……割とすぐにかな。気持ちよくなれます。さらっととんでもないことを言ってたけど、そういえば、ヴィルフリートも言ってたな。
「好きになると子供出来ちゃうの?」怠惰なのは悪魔の特権だ、と、普通の人が聞いたら呆れることを平気でいう。
そうか、考え方も違うんだもんね……。
「でも、まじめな話……普通の人間は、精を受けないとここじゃ長く生きられませんわ」ニーナが言うには、この煙みたいな瘴気。
それは、悪魔にはいい効果を及ぼすけど、人間にはいい効果はないらしい。
良くはできないまでも無効化するには、悪魔の精を受けることが必要なのだそうだ。
「……じゃあ、私……生きるためには」飲む……のって、アレすることだよね。
つまりヴィルフリートとか男悪魔のアレを口に咥えてアレするんだよね。絶対イヤだ。
「するのも嫌だったらどうしたらいいの?」人間の世界に帰すとかいう方法はないのか、と聞いたら、ヴィルフリートは私をバカにした顔をしつつ、無理だと言い切った。
「お前は悪魔と契約したんだぜ。背中? と聞くと、私が首を曲げても見えない肩甲骨の間くらいには、悪魔との契約の証である刻印が浮かぶのだそうだ。
ただ、悪魔にもそれが出るらしくて、ヴィルフリートは私に背中を向けて『それ』を見せてくれた。
トライバル柄の片翼。
それが赤く、僅かに発光して存在を示している。なんかちょっとカッコイイ。
けど、これは消えないんだろうな……。うん、いわばタトゥーみたいなものかぁ。
「ずっと光ってるの?」長話は後にしようぜ、と、ヴィルフリートは私を抱えて湯船からざばっと上がる。
勢いよくお湯が床に零れて、私たちの身体からぱたぱたと雫が雨のように垂れている……あ、また草見ちゃった。ほんとキモイよなぁ、これ。
夏のお化け屋敷につるしておけば、みんな勝手に驚いてくれると思うよ……。
「ニーナ、すぐに女の服を用意してくれ。代金はさっきの翠涙石で有り余るだろ」がくりと肩を落とす。割と守銭奴なのかな、ニーナ……。
お金ためないといけない理由がある……とか。
うん、なさそう。
でも、ヴィルフリートの言葉に従って、ニーナは一瞬で消えた。服を探しに行ったのかな。
「ニーナって、テレポートとか使えるの?」その力を使った便利屋なんだよ、と、私の身体をバスタオルで拭きながら教えてくれた。
「ヴィルフリートの主人ってどんな人?」わがまま? と聞くと、ヴィルフリートは噴き出して『おう』と同意する。
「ヴィルフリートと、そういう関係だったりするの?」主従の契約の時はしねえよ、というが、主人とは身体の関係があるとはっきり答えた。
「……ふーん」別にヴィルフリートの男女関係には興味ないけど、なんか……面白くないな。
主人さん、ヴィルフリートが従うくらいそんなにいい女なのかなあ。
気になるな……。会いに行ったらいきなり死ねとか言われないよね?
「気が重いなぁ……」楽しそうなヴィルフリートは、そうして私の身体にバスタオルを巻きつけると、服が来るまでそうしてろと言い、自分だけ着替え始めた。
私はちょっとの不安と、これからもこういう生活が続くようになるのかとか、食べ物はどうなんだろうという多大な心配をしながら、床にしゃがみ込んで今後の扱いがどうなるのかと漠然とした悩みの解決方法を模索していた。