男の人は絶句して、私の事を信じられないって顔つきで見ている。
こっちがそんな顔したいんだけど。
身体というか下腹部はさっきの行為ですごく痛むし、自分の血とかあの男の体液とか痕跡が付着したままだし、服は上も下も乱れてるし、今日は最悪の日……!!
レディでさえ、やっちゃった、みたいな顔をしている。
「……許さないからね、あんたたち……! 絶対ひどい目に遭わせてやるんだから!」そういう行為の最中に、どういうわけか声だけは出せるようになったんだけど、もう手遅れ。
悔しくてしょうがないけど、絶対こいつらの前で泣くもんか……!
恨みがましい目で男の人を睨みつけてやると、そいつはばつの悪そうな顔をしていた。
そんな顔するなら最初からやらないでよ!
「どうすんだ、これ」レディは言葉を濁していたが、何か思いついたのか。急に声に張りが戻ってきた。
「こ、故意による破損という事で、お買い上げ願います」男の人は気に入らないという顔をする。
勝手に好きにしていいって言われて、じゃあそうしますって言ったら――
買ってね♪ ……とか言われちゃったらそうなるのも当然なんだろうけど、確かに【故意による破損】ではある。
けど、私は商品じゃない。
「買ってくれなくたっていいわよ……! でも、絶対許さないんだから! 生まれ変わったら、あんたなんて、一生……ううん、未来永劫私の下僕にしてこき使ってボロ雑巾のようにしてやるっ!!」言いながらぼたぼた涙を流す私。やば、泣かないって決めたのに。
でも、感情のまま言葉をぶつけちゃったら一緒に涙も止まらない。
こんな奴らの前で泣くのも嫌だけど、悔しいのと恥ずかしいのでもうワケがわからない。
ていうか何なの? なんで悪い事してごめんなさいとか言わないの? ……ああ、魔界の人だからこういうのは当たり前なのかな……。
そして男の人は頭をガリガリと掻いてから、レディを『この詐欺師』と疎ましそうな目で見て――
「――で? この人間に幾ら払うんだ?」至極面倒くさそうな感じが丸出しだったけど、思わぬ言葉に私は泣きながら男の顔を見た。
まぁ、なんて言ってるレディも眼を丸くしちゃって意外そうだ。
そうですよねぇ、なんて言ってレディも頷く。
翠涙石五つでどうだの、いいえこの条件なら翠涙石八つですね、というやり取りから察するにどうやら商談が始まっているみたいだった。
「翠涙石八つはボりすぎだろ」胸を張るレディだったが、男は待てよ、と険しい顔をした。やはり値段に不満があるらしい。
値切られて買われるのも嫌だが、かといってキズモノにされて、じゃあイラネと言われるのも癪だ。
ああもう、どっちも嫌だけど、どうしたらいいのかわからない。
どのみち逃げられないし、この成り行きを見守るしか、退路も進路も私には残ってなかった。
「だいたいお前、誰に売るとか特に決めずに持って来たんだろ?ありがとうございますー、とレディが嬉しそうな顔をして手を差し出すと、男の人はうんざりした顔で懐に手を入れ、茶色い小さな革製を投げた。
「では、中身を拝見……うわー、綺麗な翠涙石……♪ この純度なら、五つでいいですね」えへへと舌を出すレディは、オパールみたいな乳白色の外見なのに時折虹色に輝く石を掌の上へ広げ、目を輝かせながら物色していた。
売られるんだからそれくらい教えてほしい。
「翠涙石は、鉱石じゃないぜ。すると、レディではなく男が答えた。即効性の栄養剤? みたいなものらしい。
それを引き継いで、レディが相場について答える。
「人間の相場は男か女かにもよりますけど、男なら翠涙石二つ、女なら四つくらいの価値ですねえ。金では買えない価値。プライスレスだといっても、いいのか悪いのか。
そんなに大事なものなら、なんでこんな事させるの……? 今更ながら頭にきすぎて、よくわからなくなってくる。
「ま、それくらい人間はいないんだ。今地上にいる人間ですら、既に他の悪魔に目を付けられているんだぜ?それくらい払わないと買えないんだからな、と男はぼやいた。
「あんただって、私をお金で買ったわけじゃないでしょ。何よ偉そうに……!」ご高説を賜るけれど、感謝しろよなとか押しつけがましいな、この人。
責任取るのは当たり前じゃないか。
「……つまり、面倒だけど買ったわけね。別に来なくたっていいよ。ていうか、二度と会いたくないし。
「レディに頼めばいいじゃない」と、彼女を見ると……恍惚の表情を湛えて、翠涙石を見つめていた。
「同じ異界を開けないんじゃないのか? 一度開くと次元が歪むからな。また行くのは不可能だぜ」でも、海外でも人身売買は未だにあるっていうし、日本からは想像し難いだけで……ないことはないかもしれないよね……?
そういってじろりとレディや男を睨みつけてやった。
どうせそれも叶わないんだし、言うだけはタダだ。
だが、当然男は面白いことを言うじゃないかと快活に笑った。
「酷い奴をボコボコにする、か……それはいいな。楽しいことを考えるもんだ。いいぜ、そうしよう」ちょうどどうしようか考えていたところでもあるし、我が主人の願いも叶う。一石二鳥だ――。とも言った。
へぇ、この人ボスだと思ったけど、まだ偉い人がいるんだ……。
主人っていうことは、この人は雇われているというか買われているというか、そういう下の立場なんだろう。
「じゃあ、その主人を呼んできてよ。そこまで言うと、男の人は目を見開いてから、笑いをこらえきれなかったのだろう。ぶはっと噴き出した。何から何まで腹立たしいな。
「……主人の、ねェ。言ったところで気は済むのか?」ふーん、と気の無い返事をする男は、じゃあ風呂入ってからだな、と頷いた。
「俺の主人にそんな恰好で会わせるわけにいかない」ちょっとお腹に力を入れると、ずきりと下腹部に鈍痛が走る。
「……っ」痛みに思わず小さなうめき声が漏れて、顔をしかめると、男の人はひょいと私の身体を勝手に抱き上げて、風呂に入るんだろと言うと……どこかに向かって歩き出した。