翌朝、フィーアと面会したカイン達は、彼女の口から思いも寄らぬことを知らされた。
「ええ。そう言ったフィーアに、カインは自分たちは無実なのですが、と言いつつも断れない事は分かっているらしい。
「我々と共に来た女は確か、アリーと名乗った。シェリアはそんな二人のやり取りを聞きながら、こっそり周囲に視線を向けてレナードの姿を探してみるが、ここにはいないようだ。
てっきりレナードがカイン達の保釈をフィーアへ依頼したから解放されたと思ったのだが、彼は確か潜入と言っていただけだ。
兜を脱いでいたのに、部屋の暗さとフードのせいで彼の表情も見えなかったが、レナードは一体何をしに来ていたのか。
答えの出ないか思案を止め、視線をフィーアに戻すと、ちょうど盗難に遭った宝珠の話をしているところだった。
宝珠は神殿の捧物殿に保管しているものだったらしい。
イェルマが侵入し、盗もうとしたところで神殿関係者に見つかった為斬りつけて逃走した、といった事件のようだ。
「しかし、わざわざ魔族のいる洞窟へ逃げ込んだのですか……?」よほど危険なのでは? とラーズが疑問を口にしたが、フィーアもそこは引っかかるところらしい。
「魔族が住んでいるとは知らなかったかもしれませんし、あるいは……魔族と手を組んでいるのかも。フィーアは毅然とした口ぶりで告げるとカインへと向き直り、どうぞお願い致しますと頭を垂れる。
「貴方のお力をお借りしたいのです、カイン様。頼りにしていますわ」そう答えたカインの口調は非常に事務的で淡々としたものだったが、頼もしい言葉に満足したのか、フィーアはふふっと笑い、シェリアへ視線を投げる。
視線がかち合ってしまったシェリアは気まずそうに視線を逸らしたが、そんな仕草にもフィーアは目を細め、意味深な笑みを浮かべた。
「……それで、です。それを聞いたレティシスは意外そうな顔をして、五人、と声を発した。
「カインさんに、ラーズさん、レ……ええと、密使に俺とシェリア……これでもう五人だろ。あと一人入れたら六人だぞ」レナードの事をあえて密使と言いつつ指折り数えて仲間の名前を挙げ、不思議そうに首をひねる。
「いいえ、五名で合っています。シェリア様はこちらに残っていただきますから」驚いたのはシェリアだけではなく、カインも異を唱えた。
「シェリアは我々の中で回復や防御を専任として行っている。しかし、フィーアは『あらあら』と嘲笑するかのように声を出して、首を横に小さく振る。
「カイン皇子は、女がいなければやる気を出せない……そう仰るのかしら?」感情の起伏によってカインの目は一瞬で鮮やかな青から濃い蒼へと変わり、不機嫌さを隠しもせずにフィーアを睨めつける。
フィーアはその鋭い視線すらも心地よいといった面持ちで見つめ、喉奥で笑っていた。
「わたくしやシェリア様の件で、貴方たちは統率が取れていない。異論があれば帰ってきてからたっぷりと聞いて差し上げます、などと言われているのに、誰からも反論はない。
つまり、誰しもが現状を理解していながら、どうにもできていないという事の証左でもある。
「……かといって、ギスギスしたままも確かに危険でしょう。そう言うや否や、すぐに『失礼します』という声がして、薄布の仕切りから現れたのは――フィーアと同年代か、もう少し年上であろう男性。
服は灰色だが、髪も瞳も黒い。
レティシスとラーズは物珍しいものでも見たように目を見開いて驚き、シェリアも昨日見た夢の中の女性を思い浮かべた。
しかし、キョウスケを見たカインだけは、驚きもせずに怒りを覚えたような険しい表情をしている。
「フィーア王女……彼は、ティレシアの……?」キョウスケはカイン達の横を通り過ぎ、フィーアの前に跪いて頭を垂れる。
「行ってまいります」はいと返事をしたあとで、キョウスケはカインらに向き直るとお辞儀をし、何故か一人一人を旧友でも見るような顔で懐かしげに見つめてから、初めましてと声をかけた。
「わたしの名前は神長恭介と申します。アズクラのような名前の響きに、カインは『失礼を承知で聞くが』と前置きし、注意深く恭介を見つめる。
「……君の出身はどこか」恭介は抱えていた緑色の本を革鞄に入れ、緊張をほぐすように人好きする笑みをカインに向けたが、カインの目は鋭いままだ。
「さぁ、シェリア様はわたくしとこちらへ」フィーアは玉座を立ち、シェリアを手招きで呼ぶ。
シェリアは気後れしながらも立ち上がり、仲間達へ視線を送り――カインと視線が合うと『気をつけて』と消え入りそうな声で告げ、フィーアの側へと歩いていく。
彼女の耳に、カインからの返事は届かなかった。
にこやかな笑顔で親しみのある口調の恭介に先導されるようにしながら、カイン達は城外へ出た。
ようやく解放されたにしろ、これは仮の自由。問題は多い。
現に、恭介以外のメンバーは明らかに不満げである。
「どうしたのかな?」特に金、とレティシスは恭介に見えるよう、革袋を左右に振ってみせた。
投獄前に没収された所持品――特に戻ってきた財布――は明らかに軽かった。
荷物の中身は補充前だったにしろ多少の食糧……蜂蜜や黒いライ麦入りのパン、干し肉や葡萄酒、治療用の薬草などだ。
それがごっそりと無くなっているのだから、驚くのも無理はない。
荷物の受け渡し時、すぐ盗難に気づいたカインはフィーアへ皮肉交じりに告げると、彼女は全くお恥ずかしい限りですと陳謝し、同等のものと代替品で可能なものはすぐに手配してくれた。
が、フィーアは直ちに事実確認を取って、問題があれば然るべき処置を行うと言っていた。
問題はカイン達にはないはずだが、調書に記載があるかどうかも不明だ。
また兵士は指の骨でも砕かれるのだろうと思うと、自業自得ではあるが憐憫は湧く。
それについても、フィーアは罰なので同情するなと言うのだろうが……。
「武器や防具が無事なら、ある程度準備すれば構わないよね?恭介の手に握られているのはずしりと重そうな皮袋と、パンパンに詰まった食糧袋。
これを軽々と握っている彼は細身でありながら、身体はそれなりに鍛えられていて、汗ひとつかいていない。
長袖の隙間から見える腕に、しなやかながらしっかりとした筋肉が備わっている事から――彼が何かしら鍛えていて、ただの文官ではなさそうだという事がうかがえる。
「そうだ、カインさんとレティシスさんの防具は金属じゃない?そう説明してくれる恭介の口調は友人に対するような物言いだが、身分差があるカイン相手でさえ砕けたままだ。
恭介本人は彼らと話す度、嬉しそうに相手の顔を見つめながら聞いてくれる。
カインもレティシスもそれについて不快感がある訳ではない様子だが、やはり気にしているところはあるだろう。
「いい天気だね。風も程よい」彼が後方を振り返れば、風を受けて黒い髪はふわりと毛先を持ち上げるかのように揺らす。
陽が当たってもまだ黒い彼の髪は、それだけで人目を引く。
はっきり言えば、黒を持つ彼の存在自体が目立っていた。
その証拠に、すれ違う者だけではなく店からも顔を覗かせて恭介を指さす者もいるのだ。
「あ……。そうか。被らないといけないね」集中する視線に気づいたらしく、恭介はフードを被って髪や目の色を隠す。
――キョウスケという青年の素性は秘密……何か重大な事でも知っているのだろうか?ラーズはそんな考えに至り、ふとレナードの事を思い出した。
「そういえば、レナードはどこにいるのでしょうか。ラーズの指摘に、カインも同じことを考えていたようで、そうだなと頷く。
「行方すら知れない」優しげで聞き覚えのある声が届いて、一行はその主を探した。
フードの下に白い仮面をつけるという風変わりな出で立ちでカイン達の前方から現れた男こそ、そのレナード本人である。
お世辞にもその組み合わせは格好良いとは言えない。
「……顔、そんなにしてまで見せたくないのかよ」若干引いた様子を見せるレティシスの言葉に、ええまあ、と口ごもる。どうやら、本人も自覚はあるらしい。
「僕の事はともかく、投獄されたのは災難でしたね。まるで他人事だが、彼なりに無事を喜んでいるらしい。
普段の兜の時より彼の顔は見えているほうだが、鼻から上は相変わらず隠されていた。
白い仮面の下は、一体どのような素顔なのだろうか。
「何しに来た」カインは謎多き青年レナードへ、毎度の事ながら刺々しく問う。
「僕もお供させて頂こうかと。カインの嫌そうな声音と対称的に、レナードはそうですと明るく答えた。
「看破されているのでしたら話が早い。そう、事の成り行きを見守るのが僕の役目です」口元しか見えないが、レナードは嫌味のない笑みをカインへと向けてから、改めて恭介へ視線を向け……小首を傾げた。
恭介もまた、じっとレナードを凝視している。
「すみません、彼は一体どなたでしょうか……?」互いに困惑したようなそぶりを見せたため、レティシスが間に入り簡単に紹介する。
双方よろしくと言葉を交わしてはいたが、どちらとも相手への警戒の色がありありと見て取れた。
カインから見れば、どちらも所属が違うだけで監視役としては変わらないと思うのだが、やはり両国共にやりにくいものがあるのだろう。
そうして、彼らは六名で洞窟へと向かう事になった。
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