【ルフティガルド戦乱/8話】

ミ・エラス共和国の首都リーズベルドへやってきた一行。

名乗ることが出来ない立場上、城に入る事は辞退する旨を申し出たレナードは、待っている間馬番をすると言ったが――自分も無理だからと一緒に残ったレティシスは、城から少々離れた場所で待機していた。

リーズベルドに泊まっていくのかと聞いたが、カインにそんな気はないらしい。

二、三時間で戻ってくると告げて、カインはシェリアとラーズの兄妹を連れて城へと入って行った。

「ミ・エラスの元首は立場上、城に住んでるんだよな……カインさん、あっさり通されたけど元首と親しいのかな?」

馬の首筋をさすりながら自身の首を傾げるレティシスに、レナードは『どうでしょうね』とはぐらかすように答える。

カインとミ・エラス元首フリーデルは遠縁の血筋同士にあたる。

ミ・エラスはアルガレスに幾度も救援要請を送っているし、カインはそのアルガレスの皇子。

ここでレティシスにそう教えてやることも出来るが、いずれ分かることでもある。それは成り行き任せで良いだろうとレナードは判断したらしい。

「ラーズさんは調整役だから良いとして、何でシェリアさんも連れて行ったんだろうな」
「……分からないんですか?」
「?」

思わずそう聞き返したレナードへ、レティシスは不思議そうな表情を浮かべる。

宝石を思わせる緑青色をした瞳の青年は嘘をついているようには見えないし、レナードはどうしたものかと息を吐いた。

「ラーズさんの妹だからでもありますし……傷が浅いうちに話した方が良さそうですが……そのうち分かりますよ」
「傷はシェリアさんが頑張って治してくれたから、無茶な事しなけりゃ大丈夫だと思う。本当にいい人だよ……美人だし」
「そっちの傷じゃないですけど……」

シェリアを褒める彼の表情はどことなく嬉しそうで、彼女を厭うレナードとしては甚だ面白くない。

『あんな女のどこが良いのか』と言いそうになるのを堪え、そうですか、と絞り出すようにして言うのが彼にとって精一杯の譲歩であった。
「しかし、二時間くらいって言うと……昼をちょっと過ぎた頃だよな。
そこからどういうルートでどこまで行くつもりなんだ? クライヴェルグ側とブレゼシュタット側じゃ、進路が逆だしなぁ」

分からないというように馬が首を大きく左右へ振るのを優しい顔で眺めているレティシス。

かたや、レナードは仮面の下ですぅと目を細めた。

「恐らく、クライヴェルグは行かないで済むならそうすると思います」
「随分はっきりした返事をするんだな。どうしてそう思うんだ?」
「イリスクラフト家と、その親戚筋のベルクラフトには過去から大きな因縁があるのです……有名な話だと思いますが」

自分から話を振ってはみたものの。ふぅん、と呟くレティシスは、そういったゴシップ事にあまり興味を持たぬ人物らしい。

そういった話題にも飽きたのか、今度は痛む腕をそろりそろりと動かして簡易地図を革鞄から取り出すと、どう進むか考えているようだった。

「カイン様に伺ってから考えた方が良いのでは」
「すぐ帰ってきたりするかもしれないから、フラフラそのへん行く訳にもいかないだろ」

要するに暇であるらしい。

一緒について行けば良かったじゃないですかと毒づいたそのとき、突如街の物見台に釣られていた警鐘が打ち鳴らされ、けたたましい音があたりに響き始める。

「敵襲だー!!」

鐘を打ち鳴らしたであろう者が大声を張り上げた。内容は誰かの口から他の誰かへと街中を伝播していく。

敵襲という報を聞いた一般市民や旅人は、悲鳴を上げながらそれぞれ散り散りとなって逃げ惑い始めた。

「……レティシスさん、貴方は戦えない。市民達と一緒にどこか安全な場所に隠れていた方がよろしいと思います」
「そうは言っても、この騒ぎになったらカインさん達と合流できるかどうかすら怪しいだろ。離れない方がいいんじゃないか?」
「馬と貴方を守りながらの戦闘ですか……。僕もそんな余裕はありませんよ」

そう言ってレナードはレティシスと馬を壁側に押しやってから、素早く視線を走らせ周囲を見渡す。

まだ敵が侵入した気配はないが、首都まで来てしまったらいよいよこの国も危ないのではないか――そんな不安と諦めが去来する。

城門が開いて、鈍色の鎖鎧に身を包んだ騎馬が数十騎駆け出していった後、盾を構えた重歩兵や槍兵も続き、鋸壁の間からは弓兵の姿も確認できた。

そして、出陣する兵達と一緒に城門をくぐったカインとイリスクラフト兄妹がこちらへ駆けてくるではないか。

「……お前達、そんなところで待ってたのか。敵はもうじきここへ攻めて来るというのに、逃げもせず暢気なことだ」
「はぐれたらまずいと思ったんだよ。それにほら、カインさん達もすぐ戻ってきただろ?」

なぁ? と言ってレティシスはレナードに同意を求めたのだが、当のレナードは、ラーズと会話をしていて気がついていない。

「レティシスさんやレナードは城に一旦避難させて戴くのが得策かと思いますよ。
連れが居ると話はしてあります。城なら余程のことがない限りは安全です」
「それはありがたい……しかし、貴方やカイン様はどうされるのですか?」

すると、ラーズは真面目な顔で『戦うのです』と言った。

「元首にルァンの祝福があろうと、フリーデル様をこのまま見捨てていくわけにもいかん。
どうやらアルガレスも兵を派遣してくれると応じたらしい……数は多くないかもしれないが、何事もなければ明日には到着するだろう」

また魔物は追い払っても来るかもしれないが、と言いつつも、カインはレナード達に早く避難しろと手振りで示す。

「っと、シェリアさんは……」

ラーズとカインの間で、銀色の杖を握りしめているシェリアの姿を見つめるレティシスへ、ラーズは大丈夫ですよと応じた。

「シェリアは、わたしの補佐をして貰います。戦闘には向かなくても、出来ることはありますから」

不安そうな顔をするレティシスに、シェリアは大丈夫だからと微笑む。

そして自分がレティシスの剣を取ってしまったことの意味を思い出したのか、申し訳なさそうに眉根を寄せた。

「レティシスさん……剣士の儀のこと、知らなくて……ごめんなさい。
ええと、そんなに心配しなくて大丈夫だから」
「え、あ……ああ。もしかして、とも思ったんだけど……本当に、危なくなったら逃げてくれよ」

主人になるであろう女性にぎこちない笑顔を向けるレティシス。

「――行きましょう。挨拶は後でいくらでも出来ます」

そんな彼の腕を、レナードは不機嫌そうに引っ張って、城内へと伴っていく。

「では、シェリア、ラーズ……よろしく頼んだ」
「うん。頑張るね」

そう言ってシェリアは自分たちの防御力を上げるため、風の精霊の協力を得る魔法を唱えた。

目には見えない膜のようなものが頭から足先まで覆っていくのがわかる。

ラーズは魔力の詰まった紫色の魔法石を四つに割り、近くの兵士達を呼ぶと、三つを手渡して城の隅へ置いてくれと頼んだ。

「東西南北の四隅を覆うように、外へ向けて投げてくだされば……城を結界で覆う事が出来ます。わたしはここ、西に投げますので……」

そう言って彼らの前で魔法石を投げると、緩やかな弧を描いて落下していく。

城を覆う壁を越えることは出来なかったが、城だけでも守ることが出来れば良い、と説明する。

兵士たちは、渡された石をどうするのかを理解したらしく、頷いてそれぞれ駆けだしていった。

「石を置くだけで何か効力があるのか?」
「まさか。結界を張る魔法を唱えなければ、発動しませんよ」

やんわりとかぶりを振ったラーズは、カインの剣に魔力を付与した。

「その剣は優れた創造法具ですが、魔法生物も来るかもしれませんから」

そして、ラーズは真剣な表情をしている妹の肩へ手を置き、しっかりと杖を握る指を暖めるようにしながら手を重ねる。

「これから、幾度も魔物との戦いは起こる。
こんなに余分な力が入っていては、咄嗟の対応も出来ない。わたしもついているから、少し力を抜いて。
過度に緊張してはいけないよ」
「……はい」

殊勝な態度を見せたシェリアにラーズは優しく笑いかけてから、金色の杖を眼前に掲げた。

「そろそろ来ます。ご準備を」
「分かった」

丁度そのとき、鋸壁から顔を出す兵が鋭い声を上げ、矢を番え弓を引き絞る。

ミ・エラス防衛戦が今始まろうとしていた。



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