【ルフティガルド戦乱/1話】

名声が欲しいわけではないけれど、越えなければならない障害が巨大なものだった場合は――それは『野望』と呼ばれるものになるのだろうか。

それが『守りたいものの為』……という個人の小さな願いでも。



「――ロイスハイムにも魔族が出現しました。ビットフォール辺境伯が重傷を負い、病床に伏せっています」

陽が落ち切る前に首都フィノイスにあるアルガレス城へ帰還した二人の青年は、その足ですぐに皇帝に面会し、緊急会議で見聞きしてきたことを報告した。

そのうちの一人、妙に落ち着いている金髪の青年は立ち並ぶ大臣たちの顔を一人一人見据えた後、再び王へと視線を戻す。

この場では一番若そうではあったが、彼はこの重鎮たちを前にしても動じることがない。

「なんと、あのビットフォール殿が……」
「南の辺境が陥落しては、首都までの砦も少ない……」

ビットフォール辺境伯は、アルガレス帝国に忠誠を誓って長く、数々の戦をくぐり抜けてきた武人である。

そんな英雄が倒れた。報告を聞いた大臣らは動揺のあまり視線を不安げにさまよわせ、隣に並ぶ者と小声で囁きあう。

「ロイスハイムだけではない。今アルガレスが……いや、世界中の民が不安と貧困にあえいでいる。
魔族との戦いも必要だろうが、民の保護も急務かと思われた」

この金髪の青年こそ、カイン・ラエルテ・アルガレス皇子は先ほどと同じように集まった者の表情を見ながら話す。

しかし、彼らは互いの顔色を伺いながら困った困ったと口を揃えるだけで、意見を出そうとはしない。


この世に【魔族】という亜人種が出現し、一体どれほど気の遠くなる年月が過ぎたであろうか。

人々は長きにわたる時代から、自分たちの生命と土地を脅かす魔族と戦ってきた。

一部の地域だけではなく、世界中で繰り広げられている事だ。

数十年で魔族の被害や出現は何倍にも増加し、魔族に壊滅させられた村も多い。

国家間の会談でも、大群を連れて乗り込んでくる魔族に苦戦を強いられていると泣き言を語る王もいるという。

この状況が今後も続けば、人類は衰退を余儀なくされていくのだろう、とも。

「カイン皇子。国を憂うお気持ち、大変ご立派です。
恐れながら申し上げますと……民の保護を先に行おう――とお考えなのですか?」

なぜ庶民が? 我々こそ先だろう――と言いたげな口調である。

カインのほうこそ、なにを言っているやらと半ば呆れたような顔のまま大臣に青い眼を向けた。

「無論貴公たちの働きには感謝している。しかし……この国に税を納め、食料を育て、兵としての労働もするのは何か?」

すると、この大臣は『それは国の義務ですから、当然の事です』と告げた。

カインは改めてその男を凝視し、よくこの国は今まで保たれていたと感心しながら、王の隣……自身の玉座へと腰かけた。

そう思った直後、これが一般的な貴族たちの考えかもしれないとも思い至り、自分の考えが彼らと同じものではなくて良かった……と安堵の思いすらこみ上げる。

「オレは、民なくして国はないと思っている。
民がいなくなれば我々は滅びるしかない――その考えを理解しろと言っても難しかろう。
だが、領主が管理している農奴が魔物に多く殺されてしまえば、それだけ領主も利を得られん」

収税官が誠実で勤勉であるとは限らない。結果、国庫や食糧も減る……何もかもが悪循環なのだが。

大臣は、カインから王へと困ったように視線を泳がせ……王は『気にするでない』と大臣へと苦々しい顔で答えた。

「我が息子は少々変わり者でな」

貴族的な考えを持っておらん、そう告げた王へ――『お言葉ですが』と、下席に座っていた銀髪の青年が口を開く。

カインと同じく、視察に向かったもう一人の青年、ラーズ・イリスクラフトである。

「カイン皇子は、我々下々の想いを良く酌んでくださる。
王は名主ですが、カイン様も良き君主になりましょう」
「……次期イリスクラフト当主、ラーズ様からのお墨付きとは。将来が楽しみですな」

青髪の大臣は鼻白みつつも、ひきつったような笑みをラーズへと向けてから、元の位置へと下がっていく。

それを見てから、カインは王と大臣へと提案した。

「今年限りでもいい、減税を行う事を皆に提案したく……」

だが、カインの言葉にはその場にいる全ての大臣が異を唱えた。

「なりませんぞ、皇子……! 減税などと軽々しく口に出されては!」
「王のご意思ではありますまい!」
「今まで王家を支えた貴族らの反発を生みます!」

一斉にわめきたてる大臣たちを見据え、まるでガチョウの演奏会のようだ、と煩わしささえ覚えたカイン。

なぜ、彼らは目の前に迫る亡国の危機よりも自らの益ばかりを尊重するのか。

「喚くのをやめんか」

そんな彼らを静めたのは、またしても王であった。

「カイン、なぜその意見を出すに至った」
「先日の西方ラウトレー視察と、今回のロイスハイム視察……。
どちらの地方も数日の間に魔族による襲撃が行われた場所です。農地は大規模に渡って被害をこうむっている。
穀物は踏み散らされ、焼き払われ、収穫は恐らく前年の半分以下と言っていた。
そればかりではない。川には人とも魔族ともつかぬものの流した血液で紅く染まっている。
そんな川の水で生活が出来るか? パンが焼けるのか? 国の自慢だと言っていた葡萄酒が作成できるのか?」

カインは話しながらその時の光景を思い出しているようだ。腹立たしさゆえに、だんだん語気が荒くなっていく。

「彼らはかなり疲弊し、衰弱している。
ラーズが一部の水辺を清浄にさせ、ある程度はそれで賄えるとしても、たった一部だけだ……灰となった作物は元に戻せない。
既に税としての分すら賄えないのだ。ならば、収穫量に応じた納税にするべきではないか」

すると、王は出来ぬとはっきり口にした。

「お前の言いたいことは伝わった。しかし収穫量に応じた納税であれば、被害を受けなかった地域から不満も出よう。
そればかりか、彼ら貴族も納得はせんし、国の中央に住む者たちはどうなる。
中央での働きをも否定することになろう。どのような方法でも不平不満は噴出する。であれば……」

現状維持で構わないだろうという事なのだ。

「…………」

カインは憤りに奥歯を噛みしめる。自分では、苦しみにあえぐ民を救ってやることはできない。

その反面、何を言っても変わることもないであろう――という事も分かっていた。彼らが自分の意見に耳を貸す意思はない。

失望から小さく息を吐きだしたカインは、玉座に背を預け一度目を伏せた。

「……それでは父上。何も変える必要がないというなら、もうオレも国政に口出しはしない。
その代わり、一つ許可を頂きたい――」

カインが引き下がったことで、大臣と王の発する雰囲気が柔らかいものになる。

しかし、まだ何かあるのかという緊張がわき出たことは確かなようだ。

「何か? 申してみよ」

そう言いながらも、王は顔をひきつらせていた。

「アルガレスのみで魔物退治をしていても、事態は収束へ向かわない。
先日、ミ・エラス共和国から援軍の要請もあったと聞いた。
アルガレスとしても見過ごしては置けないが、これ以上派遣することは国家の守備を考えると難しい」

そこでカインは確認の意を込めた視線を王へと投げると、王は無言のままに頷いた。

肯定を示した王の唇は真一文字に結ばれていて、大臣たちにはその無言が、事態の重さと真実味を感じさせる。


「これ以上、国が疲弊していくのは見たくない。
父上が政治で国を守るのであれば、オレは違う方法で国を守る……。
ミ・エラスの元首へ面会にも出向きたいし、大陸中を歩くため、通行許可書を発行して欲しい」



「……思ったよりは反対されませんでしたね」
「すぐに戻ってくると思ったのだろう」

謁見の間から出てきたカインとラーズ。その足で二人は城の備品庫へと赴いて棚番と共に薬草や必需品を集める。

カインは心なしか楽しげな様子で、あれこれと必要なものを備品管理者……いわゆる【棚番】と呼ばれる者へ告げた。

指示のあったものをカインらが待つ机の上へと並べるように置きながら、棚番は羊皮紙を取り出す。

羊皮紙に出庫する商品と個数を書き記しながら、何に使うのかと興味を持った棚番が問えば……カインはフッと笑った。

「なに、少々旅に出るだけだ」
「えっ!?」

思わず羽ペンを走らせていた手を止め、棚番はバッと顔を上げて年若い皇子の顔を見つめた。

成人はしたが、皇子は17歳とまだ若い。

注視されていても、カインは『そう驚くことはない』と、無遠慮に見つめられたことなど全く気に留めない様子で答える。

「……早いご帰還を、心よりお待ちしております」
「ありがとう」

一人で無茶なことはしないと告げたカインは、受け取った革袋へ薬草や毛布などを詰め込んでいる。

皇子は言い出したら聞かないところもある。棚番は不安そうにカインの隣へ控えるラーズに視線を移した。

魔法使いの男はその視線を受け止めて、安心しろとでもいうように小さく頷く。

「出撃の際、無理をするなよ。国は皆で守るものだ」

道具を詰めた革袋を掴むと、カインは去り際に棚番の肩を軽く叩いて部屋を出たところで……一人の女性が歩み寄ってきた。


「……やっと見つけた。カインも兄様も私に何も言わないで、一日中どこに行ってたの?」

その声の主は、明らかに不機嫌そうである。

カインにとっても、この人物に説明をしなければならないことを考え、王や大臣たちの相手をすることよりも緊張する。

「シェリア……そうだな、大事な話がある」

ラーズと同じ色の、青みがかった銀髪。

シェリアと呼ばれた女性こそ、カインの婚約者であるシェリア・イリスクラフト。ラーズの妹である。

彼女は夕暮れのような黄金色の瞳をラーズへ、そして……カインへと向けた。

「大事な話?」
「急なことですまないが……明日、ミ・エラス共和国の元首への面会も兼ねて、その足でラーズと共に旅に出る。しばらく戻らない」
「えっ!?」

予想しえなかった内容に、シェリアの動きが一瞬止まった。

シェリアは大きく目を見開き、カインを見つめていたが、彼がシェリアをからかっているそぶりはない。

ラーズもまた真面目な顔つきで頷くので、シェリアとしても絶句するほか無かった。

「どういう……目的で?」
「説明はあとできちんとする。今は先にやっておきたいことが」
「……わかった。じゃあ、部屋にいるからまた後で」
「ああ」

深緑色のドレスを翻し、シェリアはカインに背を向けて去っていく。

存外にあっさりとした態度で、カインの申し出を容認したようだった。

「カイン様。わたしは父に先ほどの会議報告をしてこようと思います。
明日の準備もありますので、ここで失礼致します」
「ああ。では明朝」

礼をしてその場を離れるラーズと別れ、カインも部屋へと戻っていった。



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