【異世界の姫君/88話】

ルエリアとアヤ――二人の身体を銀色の光が優しく包む。

イリスクラフトの放った魔法は強力なものだというのに、彼女たちの髪一本焼くことはできないまま霧散してゆく。

レスターは奇跡を目の当たりにし、エリスに自分の無事を祈るよりも先に、主君とアヤの無事を感謝した。

「アヤ、怪我はないか?」
「はい、ありません。レスター様もご無事ですね」

レスターの無事をきちんと確認した後、振り返らずに尋ねる女王へ、はっきりとした返答をする。

上空では、竜騎士達が飛空艇へと向かっていこうとするが、ラーズの放つ魔法を躱すのがやっとで、一定以上の距離から近づくことができない。

竜のブレスも、何らかの術で防いでいるように見える。


(ふん……好き勝手やってくれたものだ)

ルエリアはベランダから階下の状況を確かめた。

侵入を防ぐために造られている外壁は、巨人のような魔物に破壊されていて前方がほとんど崩されている。

なおかつ、崩した外壁を思い切り投げつけてくるので、城壁は再び穴が開き、破片が飛散して兵たちに損傷を与える。

弧を描いて落ちる投石器よりも破壊力が高く、その城壁も崩れ落ちているところが多く、侵入を拒まんとする兵士たちが盾と武器を構え、迎撃し続けていた。

「アニスはどうしている!」

神格魔術師の名を呼べば、アニスが走って城の中より残骸と兵が倒れている城壁の前へやってきて、ここにおりますと声を上げた。

「崩れたところを補修している時間はございませんので、氷結魔法や幻覚魔術を場所に施し、足止めをさせておりました」
「魔法治療士達はどうしている」

皆で傷ついた兵たちの治癒や治療に、と答え、杖を握り締める。

「それと、結界魔法を幾度か試したのですが……どうやら、あの光の魔法。一定時間防御魔法を張ることを防ぐ効力もあるようです」
「あの若造め。小癪な真似をしおる……」

忌々しげに空を睨んだルエリアだったが、アニスへ魔法や幻術を駆使し損傷を軽減するよう命令し、剣を床へ投げると――左腕を軽く握る。

勅命を受けたアニスは、再び場内に駆けていった。


「キルクリエス……」

何かの名を呟くとルエリアの左手に銀の光が収束し、曲線の多い……銀色の大弓になっていて、右手には矢が握られている。

これも創造宝具、なのだろう。ルエリアは弓に矢をつがえると、レスターを呼んだ。

「弓を引ききるまで、余の援護をせよ!」
「はっ!」

アヤへ物陰に身を潜めて隠れるようにさせ、レスターはルエリアの側へと駆け寄って槍を構える。

このような狭いところでは存分に武器を振るえないため、クウェンレリックの特殊能力に頼ることにしたようだ。

槍を横に薙いで衝撃波を数度敵陣の中央へと送り、相手側の弓手の姿勢を崩す。

そして、彼もちらりと階下に視線を走らせる。

1秒程度の間だが、確認した城壁付近……ちょうどイネスが立っていたであろうあたりは……投石器が燃えているだけで、血の跡はない。

だが、爆風で吹き飛ばされたことも考えられる。

安心はできないが、だからといって――重症だとは考えたくもなかった。

無事でいてくれと願いながら、飛来する矢を払い落とし……地上を伺えば、先ほどの緋い髪の男は次々と魔物を倒していく。

巨大であろうと、小さいものであろうと、人間に近い形であろうと迷うこともなく、それを繰り返す。

その身体も髪の色と同じように染まっているが、あれは一滴も、自分のものではないのだろう。

そして驚くことに、彼の通った後には屍の道ができている。

言葉通り、一匹たりとも城内への侵入を許していないようだった。

左から鋭く攻めこんだ騎馬隊もいるようだが、その姿は魔族たちと重なって確認しづらい。


「もう良いぞ、レスター……下がれ」
「承知致しました」

素早く後方に跳び退いたレスターを目の端で見届けると、ルエリアは耳の後ろまで弦を引いて、飛空艇へ狙いを定めて――矢を離した。

流星のように光輝く矢は、黒い空を切り裂くようにまっすぐ飛空艇へと飛んでいく。


ブリッジに佇むイリスクラフト……ラーズは、こちらに向かってくる矢に目を留めた。

普通の矢ならまず届かない高度だが、光を纏う矢はとても目立つ。

飛来するものが何であれ、矢の脅威などたかが知れている――そう高をくくるわけにはいかなかった。

ラーズは片手を軽く開いて矢に魔法を放つ。

発火する矢は燃え尽きて灰になるはずなのだが――……勢いも落とすことはなく、炎をかき消し、マジックマスターの眉間を狙っていた。

「――くっ!」

魔法の障壁で防ごうとも考えたが、彼の勘が避けろと訴えた。

間一髪というタイミングで矢を避けるが、恐ろしいことに、その小さな矢は丈夫な金属製の外壁を突き破っていった。

その威力に驚愕している場合ではなかった。再び矢は打ち込まれ、飛空艇の中央を穿つ。

がくりと船体が傾いた事に、舌打ちするラーズ。そこへ、好機と見た竜騎士達が彼の喉笛を掻き斬らんと剣を振り上げて襲い掛かってくる。

しかし、ラーズも凶刃を魔法の壁で防いで、竜を対象に幻覚魔法をかけて、軽い混乱を生じさせる。

突如暴れる竜を静めようとしている竜騎士に、マジックマスターのものではない攻撃が容赦なく突き入れられた。

「薄汚い人間たちが……我が天翔る船に手を掛けるとは。死で贖え」

落ち着いた声音で相手を蔑み、突き入れた剣を引きぬく。

既に絶命している竜騎士は、その身体を虚空に投げて落下していった。

ラーズの視界に、まばゆいばかりの白が飛び込む。

「ラーズ。矢如きに驚いたのか。貴様が油断していたせいで、船の損傷が拡大したぞ」

くすみのない金髪に、薄くも濃くも不思議な色に変わる蒼い瞳。

ラーズは、その男に申し訳ありませんと謝罪すると、矢の危険性を説いた。

「カイン様。あの矢は危険です。どうやら、効力の高い破壊力がついているようです」
「エリスの創造法具。ユムナーグが持っていたものだろう? 本人が来ている事も考えられる……が」

カインはつまらなそうに答え、どす黒い血に塗れてしまった輝く剣で――リスピア城の一角……ルエリアを指し示す。

「あれを排除すれば、何も脅威ではない」

そうして、転移魔法をかけろ、とカインはマジックマスターに告げた。


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