【異世界の姫君/66話】

月の離宮でも襲撃が起こっている最中――だったのだが、ルエリアに手加減されている分を考慮すると、こちらを相手にするほうが生存できる確率も比べ物にならぬほど良かっただろう。

だが、レスターに斬りかかっていった者はことごとく切り伏せられている。

ルエリアが扇から放った光は、まるで生きているかのような動きで対象を追いつめていく。

柱の陰に隠れようとも、身を躱そうとも形や軌道を変えて襲いかかった。

その光と接触すると、爆発を生じさせる。

爆発力もルエリアの意のままらしいが、それでも彼らの腕や体で炸裂すると周辺の肉を削ぐほどの威力を持っていた。

十人の襲撃者はたった二人の反撃により、瞬く間にその数を減らしていく。

アヤはエリスに祈りを捧げながらリネットを抱きしめ、交戦中のレスターを不安そうに見つめていた。

銀の鎧から給仕人の服装となってしまったが、そのまま先程からアヤを襲った黒ずくめの男と幾度か打ち合いをしている。

レスターは殺さぬ程度に痛めつけて捕縛することを考えているが、決して手を抜いて相手をしているわけではない。

むしろ早くケリをつけたいので、動きは早い。

黒ずくめの……恐らく暗殺者であろう男も、レスターの剣を数撃受けて間合いを取るために後ろに下がる。

致命傷などは上手く避けているが、男の右腕は切り裂かれて、流れでた血が手首から滴っている。

(ああ、レスター様……! どうか無事にいてください……どうしよう。こういうとき私の力が役に立てたら……!)

だが、リネットのこともあるし予知の方に気を傾けるわけにもいかない。

慣れないことを両方を一度にできるほど落ち着いてもいなかった。

腕の中でリネットがぎゅっとしがみついたので、アヤはゆっくり彼女の背を撫でてやる。

「ごめんね、リネット……私のせいで、怖い思いばかり」
「いいえ。わたしも、ちょっとは覚悟してましたから大丈夫です」

不安そうに揺れる瞳は、アヤをじっと見た後で通過し、ルエリアやレスターにも向けられる。

「わたしだけ、足手まといになるのは嫌ですから」

その言葉は、アヤの心に重くのしかかる。

(私も、そう思ってる……でも、皆やリネットに助けられてることばかりだよ)

どうしたら、強くなれるのか。

レスターやルエリアの手を煩わせないように、力になることができるのか。

(もっと、しっかりしなくちゃ……)

きゅっと唇を噛んで、アヤは再びレスターのほうを見つめる。

レスターは身を低くして地を蹴り、瞬時に男の懐に潜り込むと、下から上に剣を振るう。

男も短剣でレスターの刃を受けようとしたが、剣速もレスターのほうが上だった。

雄叫びとともに剣を振りぬき、短剣を力で弾いて男の胸を抉り、口元を覆っていたマスクも切り裂く。

ぱっと血飛沫が空中に華を咲かせると、レスターの頬や髪をびしゃびしゃと汚す。

深い傷を負っても、男はまだ諦めずアヤに血走った目を向け、短剣を投げつけようと振りかぶったが、レスターの剣が再び閃いて男の腕を切断してしまったため、投げるに至らなかった。

ごとりと落ちた手や、床に広がる血だまりに、アヤは目を見開いて体を強ばらせる。

かろうじて悲鳴だけは出さずに済んだが、リネットがアヤの事を心配して逆に抱きしめてくれた。

片腕を失った男は大きな叫び声を上げたが、レスターに腹を強く蹴られて地面に転がされ、喉元に剣を突きつけられる。

「本当は殺してしまいたいが、依頼主のことなど諸々聞きたいことがある」

言え、とレスターが剣先を相手の喉に気持ち食い込ませたが、男はぜいぜいと荒い息をしたまま喋らない。

「よい、レスター。後は他の者がやる。替われ」

ルエリアが扇をたたみながら、物音を聞きつけてちらほら王宮の方から駆けつける騎士たちを顎で示す。

「陛下! お怪我は!!」
「ばかもの。駆けつけるのが遅いではないか……もう済んだ。引っ立てろ」

レスターが剣を向けている黒ずくめの男を引っ掴み、(くつわ)を噛ませ荒縄できつく縛り上げると、兵士二人へ引き渡す。

男を両脇を抱え上げるようにして兵士たちはその場を去っていくが、あれは地下に連れて行く。

そこには拷問用の部屋があるので、情報を吐かせるのだろう。

瓦礫の撤去や掃除なども行うため、兵士や下働きのものも道具を片手にその数を増やし続けていた。

リネットとアヤは柱から離れ、動かない襲撃者たちの事を見ないように、側を通らないようにしながらレスターとルエリアの方へ歩いていく。

レスターは身体に付着した血を腕で拭い取り、アヤと目が合うと一瞬困ったような表情を浮かべ、怪我はないですかと訊いた。

「はい、私やリネットは一切怪我もありません。ルエリア様やレスター様もお怪我はありませんか?」
「ええ。汚れていますが、私の血ではありませんからご安心を」

安心しろと言ってはくれたが、レスターの様子は少しよそよそしい。

確かに血を被った姿など見られたくはないかもしれないが、どこか……不安定にも見えるレスターの表情を、どう声をかけたらいいものかと思いながらアヤはじっと眺めている。

「ここは奴等に任せておけばよい。行くぞ」

ぽん、とアヤの頭に手を置いてから、ルエリアはこの先にあるはずの水の離宮を扇で示す。

「噴水や小川などもあり、水の精霊力も強いので本当に気に入っている場所だったんだが……」

この有様だ、と、無残に瓦礫まみれと化した周囲を見たルエリア。

「改修も時間と人手がかかる。よりによって庭と離宮も台無しだ。財政がどうだと煩い大臣もいるというのに、出費ばかりが増えるな……」

頭が痛い、とぼやいてルエリアはかつかつと歩き出す。

その後を追いかけるようにして、レスター達も続いた。


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