【異世界の姫君/61話】

「具体的にはどんな作戦なんだ?」

多少は聞く耳を持ってくれたらしいレスターは、椅子を引いてアヤを座らせると、イネスをまっすぐ見つめたまま問う。

自称万能執事は、羽ぼうきを持った手を軽く振って『それはだな』と得意げな顔をしていた。

「大きな声では言えないが、護衛さんをお呼びしている。
もうじき来るんじゃない?」

それに対して、リネットは振られる羽ぼうきを見つめて『埃が飛ぶなあ』と思ったのか無言で紅茶のカップをそっと下げた。

そうした行動に出たのは、露骨に不満そうな顔をして『なんだと』と低い声で呟くレスターがいたからだ。また喧嘩になるのを感じ取ったのかもしれない。

「お前の眼は何も見えていないんだな! 護衛? わたしが何のために姫のお側にいると思っているんだ!」

言っているうちに興奮してしまったのだろう。

先ほど紅茶のカップが置いてあったテーブルに手のひらを勢いよく置き、ばん、と大きな音を立てた。

音に驚いたのはアヤだけである。

カップがテーブルにまだあったとしたら、ひっくり返って割れたかもしれない。

「まぁそう怒らない。
眉間にシワが刻まれちゃうぞー? で、お兄ちゃんはアホそうに見えて、そうアホじゃないんだぞ」

十分アホだ、期待していた自分がバカみたいだと、吐き捨てたレスターは、苛立ちながら窓の外を探る。

何かがいるような気配はまだないが、極力窓の方には近づきたくはない。

「……ま、お兄ちゃんにお任せください。
諜報活動はなかなか、お手の物よ?」

言いながら無謀なのか度胸があるのか、トコトコ窓枠の方へ向かい、羽ぼうきで窓枠を掃除しながら日除けのカーテンを引いていく。

居間全てのカーテンを引き終え、薄暗くなるとイネスはレスターにライトを明るめに灯すよう命じた。

「その方が、ムードもあるだろ?」
「どこがだ」

気楽でいいなと毒づきながらもライトを灯すレスター。

ふわふわと上下しながら空中に浮いている白い光球を不思議そうにアヤは眺め、近づいてきたイネスに視線を移す。

「姫様、筆記用具を貸していただけませんかね?」

アヤの耳元でヒソヒソ小声で囁くと、レスターがじろりと睨みつけてくる。

思いの外鋭い視線にイネスは辟易したような顔をした。

「そんなおっかない顔しなくたって、姫に失礼はしないよ」
「そうであって欲しいな」

アヤから筆記用具を受け取ると、イネスは鼻歌を歌いながら、さらさらと紙に文字を書いていく。

書き終えると唇に人差し指を当てながらレスターとリネットへそれを見せる。

すると、二人の表情が変わった。

「…………?」

文字はリスピア語のようだから、アヤにはさっぱりわからない。

しかし、リネットが頭を下げてから、とても小さい声でアヤに耳打ちしてくれた。

「多分、この部屋の会話はある程度盗み聞きされてるって仰っています。
そういう……聴力をあげる魔法とか、聴こえやすくする魔法があるんです」

なんとか聞こえる程度の声量だったが、アヤも理解してイネスを見ると、こくりと彼は頷き、再び何かを書きながらアヤに『砂糖は少ない方がいいですか』と聞いた。

「えっ?」

気の抜けた声で返事をしてしまったアヤの肩を叩いた後、レスターはすぐに窓を指し示した。

そして自分の耳を指し、唇の前で適当に指先をひらつかせる。

どうやら、聞かれているから適当に喋っていてくれ、と言っているようだ。

「あ……はい。
お砂糖、あまり多いと困るので……」
「はいはい。
じゃあ控えめがいい、と。リネットさん、紅茶淹れなおして」

リネットがはいと返事をして、先程片付けたばかりの茶缶を手にとっている。

書き上げた長い文章をレスターへ見せると、彼らは何やら雑談を交えつつの筆談をし始めた。

文字を読むことも出来なかったアヤは、あとで理由を尋ねればいいと思いなおし――再び何か視えるかもしれないと思って目を閉じ、再度予知をするため集中を開始する。

視えるときは唐突だったし、集中しなくてもできたはずなのだが……まだ何も見えない。

初日にルエリアと話をしていた時にも、無意識の力というのは凄いものなのだという会話を交えた。

(イネスさんも執事さんで戦闘とか作戦は得意じゃないはずなのに頑張っているし、私は私にできる最大限のことを考えないと……。少しでも役に立ちたい……)

怯えていては、それを引き出すことができなくなってしまう。

ぐっと心のなかで喝を入れてクレイグかゴヴァンの潜伏先、潜伏先……と念じていると……かち、と頭の中でスイッチが入るような音がした。

そして、アヤに視えたのは――リスピア城だった。

視点は急に切り替わり、そこも城内なのか、陽の光も届かないような部屋……あるいは倉庫の中。

30センチ程度の丸い木製テーブルに燭台が置かれている。

そこに蝋燭が三本灯されていて、淡い光に映し出されるローブ姿の男性。

フードをかぶっていないため、つるりとした禿頭や顔はまるわかりだ。

左頬には火傷でただれたような痕があり、男の顔をさらに凶悪に見せていた。

眼前に跪く黒ずくめの男に、何かブツブツと漏らしている。

その会話内容も気になったので、アヤは更に気持ちや神経など……とりあえず額の中心辺りに『集中』させていると、どうやらうまくいったらしい。

ローブ姿の男らしきが聞こえた。

『捕縛に失敗したのか……簡単なことだと思ったから貴様を行かせたのだがな』

ガラガラした低い声。

『申し訳ありません。邪魔が入りました』

黒ずくめの男の口元が動く。口元を覆う布のせいで声はくぐもっているが、きちんと聞き取れる。

体格の感じや雰囲気は、先ほど見かけた男のものと似通っていた。

しかし、この男が襲撃犯だとすると――自分を殺すわけではなく連れ去る気だったらしい。

しかし、危険なことには変わらなかっただろう。

『ですが策は練っております。次こそは必ず……』
『当たり前だ。次は必ず、何が何でも実行しろ。あまりに抵抗するようなら……惜しいが、殺しても構わん』

その言葉に、黒布の男は深く頭を下げた――というところで、映像は途切れる。

――……やっぱり、命を狙われているんだ。

殺してもいいとはっきり言っていた。

その言葉は呪いのように、アヤの耳朶に絡み付いてくる。

(でも……私だって、そう簡単に死ぬわけにいかないんだから……!)

確かに命の危機は怖いし、できることは精々レスター達の足手まといにならないようにすることだったり、見つけられてもなんとか逃げるくらいが関の山だが、震えているよりはずっと……マシな目標だろう。

よし、頑張って生きよう――そう思ったときに、離宮の扉が叩かれた。

「――イネス、いる?」

それは女性の声で、呼ばれたイネスは『来た』と嬉しそうな声を上げた。


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