【異世界の姫君/48話】

レスターといい雰囲気のところでいつものように目撃され、恥ずかしさを抱えながら離宮に戻ったアヤは、お茶を淹れてくれたリネットに『今日も出かける』とすまなそうに言えば、案の定リネットはしょんぼりとしたようなそぶりを見せた。

「まだ眼も完全ではないのですから、無理もしないでくださいね……」

レスター様も一緒だから大丈夫と言ったが、それでもしきりと身を案じてくれている様子に、

(リネットは本当に優しい人だな。だからヒューバート様も好きになったんだね)

とアヤは思う。

機会があったら、彼女たちから恋愛話などを聞いてみたい。

「ねぇ、リネット。あのかわいい服ってもう乾いてるかな?」

昨日街に着ていったプリーツスカートの事だ。

だが、洗ったのはつい先程で、まだ乾いていないのだという。

でも、他の服ならご用意してありますので、と花のような笑みを向けるリネット。

アヤも歓喜の声を上げたが、先程イネスをくびり殺すことに失敗したレスターだけは、己の身に迫っている危機をひしひし感じていた。

「アヤ様のご希望は、『動きやすくて可愛いもの』だと思ったので、わたしお針仕事が得意な同僚にとびきりのを頼むと相談してきたんです! 同僚も、すごくやる気になってくれて……古いドレスなどの裾を切ったり、くっつけたりアレンジしたものが多いですが」

寝室の扉を閉めて、リネットはアヤをベッドの上に座らせるとクローゼットを両手で開く!

すると、そこには……アヤの為に用意した数々の服がぎっしりと入っていた。

ドレス用のクローゼットに入れているわけではなく、ドレス類はもう一つ隣に入っている。

客人が使う為のクローゼットだ。

「……なんだかたくさん……近くに行っていい?」
「どうぞどうぞ。お好きな服を手に取ってください!」

アヤが嬉しそうな顔をして服を見つめているので気を良くしたリネットだったが、同僚には『男心にグッとくる服を姫に!』というとんでもないものだったため、可愛いを優先しつつもある程度露出もあるものが多い。

「ねぇリネット。この服、どれも……胸元が強調されているような……」

スカートも短めだし、恥ずかしいな……と不安そうな声でアヤはまじまじと洋服を見つめている。

「大丈夫です! 着てみると、そんなに気になりませんよ」
「でも……!」

アヤが困り出したのを見て、さすがにリネットも焦り、『じゃあ、これなんてどうですか?』と言いながら、藍色の服を取り出した。

「これは、私達の制服をアレンジしたものなのですけど……」

制服、というのはつまりメイド服のことだろうな、と想像しながら手に取ってみると、予想通り長袖のメイド服だった。

リネットが着ているものとは少々作りが違うのだが、これが『同僚のアレンジ』なのだろうか。

胸上に見える白いブラウスは一緒に縫い合わされていて重ね着風になっており、別々に着なくても良いようになっている。

エプロンドレスを着用しなければワンピースにも見える便利な服で、着丈もさほど短くない。

ひざ丈のレース付きソックスも取り出して、着てみましょうとリネットは乗り気になっている。

「……うんうん、アヤ様よく似合いますよっ! 作ってくれた同僚にも見せてあげたい!」

見せたところで、リネットと同じような感性を持っていればアヤが人形扱いになるのは明らかなのだが……

リネットはアヤの姿に満足そうにしながらも、ちょっと髪を軽く巻いてみましょうか、とカーラーを取り出した。

ヘアアイロンなどという便利アイテムはない。

「……あのね、リネット。お城を見て回るだけだから、あまり気合入れると勿体無いから程々に……ね?」

しかも今日は風が強めだし、折角巻いてもらっても風に煽られて乱れてしまうだろう。

折角整えてもらったのなら、あまりぐちゃぐちゃにしたくない……というアヤの気持ちはリネットにも充分伝わったのだが、綺麗なものを美しく飾るなら手間暇は惜しまない。

それに何より――アヤには悪いが、レスターがどういう反応をするかによって、リネットとイネスの楽しみが増えるのだから、妥協などできるはずもなかった。

アヤがだんだん仕上がっていくにつれて、リネットの表情も嬉しそうな微笑みに変わっている……いや、これはアヤが見た場合の表現であって、ではレスターから見ればどうなのかというと――これが、ニヤニヤ顔なのだ。

出来上がったアヤを伴って居間で待っているルガーテ兄弟に見せると、イネスはしきりと『素晴らしい』と褒めちぎり、レスターは険しい顔をしていた。

「……レスター様?」

何も言ってもらえないので、不安そうなアヤはもしかして似合っていないのかと思って当惑する。

だが、レスターは椅子に腰掛け……限界だったらしい。

テーブルに突っ伏すと盛大なため息を吐いた。

「…………アヤ」
「は、はい」
「とても似合うと心の底から思いますが、なんだか……妙な気持ちになります。他の奴に見られたくないから、それを着ていくのはやめていただけないでしょうか……」

フェチというのか、なんとかを殺す服というのか……いつの時代でも男心にグッときてしまうものはあるようだ。

実際、リネット達が着用しているメイド服は丈がくるぶし近くまである長いものだったから、アヤの着せてもらった短いものは新鮮に映るのだろう。

それにしても、メイド服の威力は恐ろしいものである。

「え……とても可愛いのに……」

当然不満そうなアヤは邪な気持ちで着たのではなく、作りも可愛いしエプロンドレスさえ外せば普通に使えるので気に入ったようだったが、レスターはダメの一点張りで聞き入れない。

「姫様、申し訳ない。着替えてあげてくださいませんか? ほんといやよね、独占欲が強い男って」

なぜかオネエ口調になるイネス。

「……ケダモノどもに想像させたくない」

そう突っぱねたレスターだったが、リネットのほうは絶対に見ない。

どうせ『あの顔』をしてこちらを見ていることくらいわかっている。

自分だってケダモノの仲間じゃないか、とイネスがレスターをからかう声を背で聞きながら、アヤは再び着替えるために寝室に押し込まれたのだった。


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