【異世界の姫君/序】

この世の闇を集約したのかと思うほどに昏い昏い空の下で、長い銀髪を後ろに結わいた騎士が城壁から上半身を乗り出し、睨むように見据える視線の先。

そこには、山を覆い尽くすのではないかと思うほどの紅い光があった。

至る処で光が闇に浮かぶようにちらちらと揺れており、幻想的な光景は星の瞬きにも似ている。

だが、その不思議な光景を『美しい』『幻想的』等と表現することは出来なかった。

その紅、理解した者が他にいれば恐怖に支配されたであろう。

それは幾千もの――炎揺らめく松明と、悪しき存在の瞳が放つ紅なのだから。

この世界には人間の他、亜人種が多数存在する。

その中でも特に凶悪なのが『魔族』と呼ばれる種であった。

多くの魔族は他種族と対立関係にあり、世界のそこかしこで古来より現在に至るまで、数え切れぬほどの争いを繰り広げている。


この銀髪の騎士の瞳も……魔族と同じ色をしている。それゆえ、他者に忌み嫌われる事も少なくない。

しかし、彼は魔族の勢力に加わらないどころか、人間たちを守るという立場に身を置いていた。

彼の背後にそびえ立つ城は、固く門を閉ざして沈黙を守っている。

(陛下や民たちは安全な場所へと移動されただろうか……?)

伝令からの内容に動揺しているであろう城内を危惧しつつ、門番に城門を閉めさせたばかりだったが。

何度も彼を内側に入るよう説得しようとした門番は、最後まで従わない騎士の志に泣きながら内側から鍵をかけ、遺言を伝えに行ってくれただろう。

『早く城に戻り、皆の力に。陛下へ、レスターは騎士としての努めを果たすとお伝え願う』と。

銀の騎士レスターは遠ざかっていく足音を聞きながら、格好つけすぎてしまったな、と苦笑した。

僅かでも時間が稼げるのならば。そして、愛する国と主君を守るためなら死すらも騎士としての誉れである。

きっと共にあった仲間たちも、理解してくれるはずだ。

覚悟を決めたレスターの顔は引き締まり、城へ迫る敵を睨み愛槍を構える。

「我は聖騎士レスター・ルガーテ!!
命尽きるまで、貴様等一匹たりともこの城門はくぐらせぬ!」

槍を振るい、レスターは幾百、幾千の敵中にたった一人で突入していく。

彼の眼前に身体に無数の爪や牙が襲いかかってくる。

臆すること無く、レスターが槍を力強く振れば真空波が巻き起こり、敵を切り裂き吹き飛ばす。

二つ振れば穂先より炎を生み、敵を灼く。

時間を稼ぐという大義を課したとはいえ、彼はたった一人でよく戦った。

称賛に値するその戦いは、それは彼に勝利をもたらすものではなかったのだ。

四方より飛ばされる矢や手槍、魔術が彼の腕を、足を、胴を貫く。

唇から呻きと鮮血が吐き出され、身体から熱と血が奪われようとも、けして膝を付かぬレスター。

白銀の鎧を割り、飛来する手槍はレスターの四肢を地に縫いつける。

その身体を引き裂こうとする敵の攻撃がとめどなく襲い、夥しい出血が地を濡らす。

レスターを摺り抜けようと、あるいは彼に止めを刺そうとする存在にも、彼は顔をあげぬままニヤリと笑った。

「通さないと……言った筈だ」

槍を握る手だけは離さず彼は俯いたまま口元を歪めて笑い、血を吐きながらも全身全霊で何かを叫ぶ。

途端レスターの槍――『聖槍クウェンレリック』が光り輝き、僅かに残された彼の生命を力に変えた。

眼も眩むほどの閃光は、膨張しながら周囲を飲み込んでいく。

その光に触れた者は跡形もなく消滅していくが、レスター自身も全ての力を使い果たし、同様に終焉を迎えようとしていた。

この世から消える直前だというのに、自らの肉体が光の粒子となって消えていくのを見つめるレスターの表情は、とても穏やかなものであった。

光の氾濫が収まると、発生した場所だけは地に突き刺した槍以外、敵も、レスターも……

抉れた大地以外にそこにはもう何もなかった。


-エルティア戦記 本文【クウェンレリック】の章-



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